安 土 城



所在地

滋賀県蒲生郡安土町

交通

JR東海道本線安土駅下車・徒歩30分

築城年

天正9年(1581年)

築城者

織田信長 丹羽長秀

主な城主

織田信長

主な遺構

天守台、本丸、二の丸石塁、堀

訪問おすすめ度
(5段階評)

★★★★★5

城の背景/京にも堺にもほど近い標高199mの安土山に、信長は天下統一の拠点となる壮大な城を築かせた。5層7階の金箔瓦葺きの天守閣をはじめ、当時最高級の壮麗な城であったといわれる。しかし、完成のわずか1年後、本能寺の変にて信長は死亡、明智光秀によって城も焼かれたと伝えられる。(諸説あり)

めぼしい建物は何も残っていないが、城跡としては余計な手を加えずに整備・公開されているので見応え充分。かえって下手なものを復元しないほうが、当時の面影が感じられるのでこれは正解だと思う。

重臣たちの屋敷の石塁や柱跡、焼け焦げた石垣も残る。現在も綿密な調査が続けられており、続々と貴重な史料が発掘されている(調査は平成20年頃まで続く模様)。

また城跡近くの山中には、貴重な文化財である三重の塔、信長の菩提寺、信長廟などが残されている。近辺には資料館「信長の館」「城郭資料館」があり、天守閣を復元したものが公開されている。(1999年8月 哲坊)

安土駅前の信長像はちょっと不格好。愛知の清洲城公園にある信長像の方が格好いい。




本丸への石段
勾配はかなりきつく、往時を偲ばせる。

登城中より城下を眺めた図。


森蘭丸、織田信澄邸跡
ほとんど手付かずの状態で、
未だ立ち入り禁止区域。気になる…。


天守台跡
今は何もないが、かつて、この上に五層七階の
壮麗な天守閣があった…。
この浪漫は歴史好きにしか分かるまい。



信長廟
信長が己を祀って家臣に崇めさせたという説と
本能寺の変後、廃墟となった城跡に秀吉が
信長の形見を埋めて
生前を偲んだという説がある。


遺構がほぼ明らかになった
羽柴秀吉邸跡


城は焼かれたが、隣接された信長の菩提寺・
ハ見寺は残る。これは山門の仁王像。


城近くにある資料館レストランの
「信長うどん」
餅や鶏肉入りでなかなか美味だが
別に、これといった特徴はない(笑)。



1994年11月撮影時の様子

 

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

牧内 殿

水田だらけの海岸を、レンタカーで走っただけでした。こんなにいろいろあるんだったら立ち寄るべきだったと後悔・・。でも、写真が見られてよかったです。(01.9.4)

哲坊

それは惜しいことをなさいました。機会を見つけ、次回は是非ご登城を。

もとやん 殿

こんな急な石段を本当に登ったのか?って思える程でした。次の日は太ももが痛かったけれど信長が大好きな私は感動しました。夜にこの坂を登ってお城に行く時は転ばなかったのだろうか?なんて単純に思いました。(02.3.6)

うさぎだヒョン殿

安土城すばらしかったです。天守閣跡まで50分位かかりました。琵琶湖の景色も良かったし前田利家宅や羽柴秀吉宅跡が残っていて歴史のロマンを感じました。西国には史跡がたくさんあって楽しそうですね。

安土城から車で5分位の所に信長の歴史館があって、天守閣を再現しその中にはいれます。宇宙の存在みたいな物を感じさせられて天下人の気持ちが少しだけわかったような気がしました。 (03.5.31)

テラジ 殿

初めまして。松坂世代の一大学職員です。川崎球場の情報を追い求めてここまで来ました。詳しいレポート、ありがとうございました。さて、私は現在T県U市に住んでおりますが、出身は何を隠そう滋賀県蒲生郡安土町。実家は安土山から徒歩10分程の所にあります。小さい頃、安土城跡で石の上をケンケンして遊んだのは懐かしい思い出です。柱の跡を示す石ですが、実は真中に石がないんですよね。だからその位置に「何か」があったと言われています。また、倒れた方向は能登川町方向であることが分かっているそうです。

小さい頃金の瓦を拾って遊んだとは私の母親の話。現在は本格的な調査が始まり、戦国時代当時の登頂ルートが再現されつつあります。私が小学生だった頃は草木に覆われていましたね。信長廟には秀吉が烏帽子を埋めたという伝説が残っていました(天守閣跡地から壷が出てきたという話もありました)。他にも信長が巨大な石を運ばせたという説が残っており、天守閣近くにある石がそれではないかという説も(ただ、話に伝わる巨大な石にしては小さすぎる)。(03.7.8)

哲坊

地元の方ならではの思い出話と、詳細な情報ありがとうございます! 発掘・復元が進んで、テラジ殿がご幼少の頃と比べると、ずいぶん様変わりしているのでしょうなあ。(03.7.8)

奇妙丸 殿

先日、安土城に行ってきました。安土城に来たのは今回で3回目です。しかし、この城は何度来てもワクワクします。天主閣が復元されていないせいか、想像力が豊かになり「約400年前には・・・」と考えただけでも嬉しくなってしまいます。ここでの私の楽しみは天主閣址に行き、空を見上げることです。そこにはかつて信長が見たであろう空が広がっており、まるで自分が覇王にでもなったかのような気分が味わえるのです。皆さんも試してみてください。最高です! (04.3.8)

一海 殿

昨年のGWに安土へ遊びに参りました。晴天の中、ゆっくりと信長の館から安土考古博物館、安土城址を見て参りました。城址では安土桃山時代に思いを馳せ、博物館ではリアルな安土城模型や実物大に再現された天主に驚嘆いたしておりました。食事で気に入りましたのは博物館のカレーです。かなり美味しかったのでお勧めです。(04.4.13)

さとるんぱ 殿

昨年台風の直後行きました。昔の人は足長かったっけ?登りはいいけど下りは足の弱い方ご用心。400年以上たっても、この田園。快速電車すら止まらない「安土駅」。信長が長生きしていたら、この町はどんなだったでしょうねえ。駅前で、レンタサイクルかりて、のんきにはしったけど、きもちよかったです。登山靴で行くのもいいかも。水筒忘れずに。(04.7.28)

ニャン天丸 殿

夏休みに歴史の旅と称して、安土にも行ってきました。安土城址は妄想が広がって良かったです。天主台からの風景を眺めながら、信長はこの城で何を思っていたのかすごく知りたくなりました。

信長の館の再現された天守も良くて、テンションが上がった勢いで、おみやげ売り場の「天下布武印」を購入してしまいました。いつ使おうか迷っています。(04.10.5)

TERAI 殿

友人と、安土城址へ行って来ました。階段が結構急で辟易しましたが、秀吉や利家の旧館跡や天守閣跡には説明を書いた石碑、標識が作られているなど、それなりに整備されていました。前に行ったことのある友人によると、彼らの旧館跡は、前は草ぼうぼうだったとか。また天守閣址から琵琶湖が遠くに見えていましたが、戦国当時はもっと安土城の近くまで湖が来ていたとか聞きました。

「信長の館」ともうひとつ史料館があって、「信長の館」の方だけ入って来たのですが、そちらは天守閣を再現した大きな模型と、宣教師が描いたという最も信長に似ているという肖像画が展示してありました。レストランで友人は「信長うどん」を、私は「信長ハンバーグ定食」というのを食べました。(04.10.5)

にいちゃん

はじめまして。6月中に安土城跡に行く予定ですが、「ここは見逃すな」ってポイントはありますか? もともと信長が大好きで又名古屋在住でもありますし清洲や岐阜城は何度も行きましたが、やはり安土に行かなければ、戦国武将好きの名が廃りますからね(笑) (05.3.24)

哲坊

見逃せないポイントですか?もちろん全部です(笑)。まあ、大体上に紹介しているとおり、天守台はもちろんですが登る途中にある信長廟、焼かれずに残ったハ見寺、そして石段や石垣も隅々まで見ておくと良いでしょう。近くの資料館「信長の館」「城郭資料館」も、まずまず見応えがありますが、やはり城跡の方を優先しましょう。(05.3.24)

ゆきくん

安土城には昨年行ってきました。大手門からまっすぐ伸びる大手道は圧巻です。石段に使われている石までも所々に石仏が使われております。信長は義昭に二条城を造ってあげたときも、京都の寺院の石をかき集めたとか、信長の神も恐れぬ発想が伺われます。巨大な蛇石があると聞きましたが、どうもその場所は不明らしいです。

この連休に備中松山城に行ってきましたが、ここも安土城以上にきつい山城です。当時の家臣団のご苦労が偲ばれます。因みに役所への出勤を登庁といいますが、まさしく登らなければ成らなかったのですね。

追伸 安土城を題材にした歴史小説で「天下城」というのがあります。坂本の石工穴太衆を主人公にしたものですが、時代背景はまさしく信長天下統一に重なり、安土城の石垣を積むシーンや蛇石を引き上げるシーンもあります。登場人物も信長、秀吉、長秀、信玄、長政、義景、久秀と戦国武将が次々と登場し非常に楽しめる一冊です。安土を訪ねた方は是非ご一読をお勧めします。(05.7.11)

omega boo 殿

私もこの安土城跡に魅了されたひとりです。息子とふたりで訪ねました。今でこそ近くを通るJRの車窓から眺めていてもつい見逃しそうな小さな小山ですが、創建当時は壮麗な天主を囲み幾つもの重臣達の屋敷が山全体を覆い、幾重にも重なった石垣はまるで山そのものがひとつの建造物であるがのごとく壮大なものだったようです。

加えて山の三方を琵琶湖が取り囲むような当時の地形に、湖面に映るその姿は、もし現代人が見たとしてもきっと感銘を受けるものだったに違いありません。もし初めて行かれるのであれば県立安土城考古博物館などである程度予備知識を得てから城跡へ行かれると想像力がかきたてられて、ほら、当時の景色があなたの目の前に…(05.7.11)

姉貴 殿

安土城の美しさすばらしさをこの間体験しました。何とも言えない光景が私の目の前にありました。この城を織田信長も見ていたんだと思うとすごいなぁと思いました。すごい良い体験だったと思います。季節が変わるごとに行ってみるとまた違ったものが見れそうで楽しみです。(05.11.19)

河内大納言 殿

2回行きました。1回目に行ったときは城跡だけしかなく細い山道を登っていきました。天守台から琵琶湖を臨む景色は最高でした。二回目は彼女(現在妻)といきました。信長公のお墓に手を合わせていると突如地震が。結構ゆれて震度3ぐらいはあったと思います。「手ぇ合わせてんのになんでやねん。」って突っ込んでしまいました。 (05.11.19)

かっちゃん

昨年、安土城址見学しました。詳しくはこちらのホームページに記載されてる事がほとんどで自分より、上手く書き込みされており見いってしまいました。まず、大手門からのぼり工事が急ピッチだった事を思わせる石段に残っている石仏址。踏んではいけないとおもいながら避けて通った思い出があります。

そして、2の丸前後にある信長廟。この、信長廟もよ〜〜〜〜くみますと、通常仏式のお墓だと5重の塔などで、造られる筈。(高野山のお墓など)しかし、このお墓は日本全国の織田信長のいや(どんなえらい人のお墓と違い、長方形の形をした穴太衆の切石の上に手でももてなさそうな、真ん丸い石が添えてあります。やはり、信長は神になりたかったのでしょうか。

さらに上に上ると黒鉄門が控えここからは、穴太衆の本領発揮といわんばかりの大きな石としっかり組み込まれている石垣。そして、天皇を迎えるための清涼殿を模した屋敷に付きます。で、さらに上にあがったところに天主台址これは、ほかの天守閣址とそんなに変わりはないと思います。実際、天主指図から組み立てた実物が安土の博物館(天主の館)にあるので、絶対に必見です。

そこから、裏に抜けるため、ハ見寺の裏門からでてきましたが、どんな門より迫力がありました。よく、他のお城(岐阜城とか、名古屋、浜松)など見る機会がありますが、ぜんぜんスケールが違います。自分も圧倒されました。実際見てもらいたいくらいすごいです。散歩にもいいですよ。この前、長浜城を見て核心しました。安土、長浜、坂本の3箇所のお城で防御と連携をしていくおしろなんだなと。そこに、切れ者の羽柴秀吉と明智光秀を配置した信長のすごさを感じました。(05.11.19)

zeta357g 殿

彦根城に行く途中、車窓から見た程度ですが、天守閣の復元がされたら絶対に行きたいですね。一番好きな天守閣なので。(06.8.19)

哲坊

天守台は、今も見応え充分ですよ。逆に、あそこに天守閣が復元されてしまったら、趣がなくなりそうで怖いです。一応、近くの資料館に天守閣の上層部が復元・公開されているので、そちらを合わせてご覧いただくと、現状でも充分満足できるのでは?(06.8.19)

風来坊822

安土城はもう10回以上訪れていますが何度行っても素晴らしい感動の連続です。ペーパークラフトの安土城では物足りずとうとう元宮大工の友人に頼んで内藤晶教授復原案を元に木細工で作ってもらい飾っています。何と言っても他の城とは違い左右比対称のダイナミックな構造が素晴らしいです。のどかな田園風景もまじえながら各資料館を廻っり、1歩城跡に足を踏み入れれば戦国のざわめきが聞こえるようです。駅前の資料館の模型をはじめ信長の館、城郭資料館など何ひとつ見逃せません。07.12.22


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