近藤勇の墓(会津)



所在地

福島県会津若松市東山町石山天寧208 天寧寺内

交通

JR会津若松駅より東山温泉駅行きバスで約15分、徒歩10分


「貫天院殿純忠誠義大居士」
戒名は、松平容保の書といわれる。


土方が建てた墓石は一度
割れてしまい、この墓石は
新たに建てられたものとのこと



天寧寺墓所には、他にも会津の
偉人らが多く眠っている。




天寧寺近くにある会津武家屋敷

左の武家屋敷があった西郷邸跡


 葦名盛信の建立により創設された天寧寺裏手の墓地にある。慶応4(1868)年、宇都宮から会津へ逃れた新選組副長・土方歳三は、七日町の清水屋旅館に宿泊し、 「天寧の湯」(東山温泉)へ通って足の傷を癒したといわれる。土方は登城して松平容保・喜徳に拝謁し、近藤勇が4月25日に板橋で処刑されたことを知ると、ここに墓を建てた。

 ここには、京都三条河原にさらされた近藤勇の首か遺髪が葬られているといわれる。近藤の墓は他に3ヶ所(東京板橋東口駅前、愛知県岡崎市法蔵寺、東京三鷹の竜源寺)あるが、ここに何も埋まっていなくとも、近藤の死を悼んで土方が建てたという点で観れば、貴重な「史跡」ともいえる。4月25日の近藤勇の命日には、墓前祭りが開催される。
(2003.5 訪問)哲坊

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

コバ 殿

はじめまして。各所にお墓があるんですね。当地に首塚があります。我が家から近くの岡崎法蔵寺に何回か行きました。その時の撮った近藤勇の首塚の写真を私のHPに載せましたのでご覧ください。昔は塚だけだったのが近年、身内、関係者の方々で整備されてきれいになりました。最近は訪れる人が多いです。(04.3.8)

isao殿

おはようございます。先日1950年生まれの叔父と近藤勇の墓に行ってきました。子供の頃母に連れられてよく遊びに行ったそうです。記憶では墓石には「近藤勇之墓」とあったとの事。最初の墓石が割れてしまった。とありますが、その後の墓石の戒名は松平容保の自筆とすると年代的につじつまが合いません。

1938年生まれの叔母さんに確認をしたところ、やはり「近藤勇」としか記されていなかったと言っています。後から建立された墓はいつ頃なのでしょうか。事実が知りたいのですが宜しくお願いします。(04.10.5)

哲坊

今の墓石がいつ頃建てられたのかは、私では分かりません。しかし、「松平容保の自筆」といっても、彼が自ら墓石に彫り込むはずはありませんから、文献や書に残してあったものを、後世の人がそれに似せて刻んだものと思われます。詳しくお知りになりたいようでしたら、天寧寺や会津観光協会などに問い合わせてみるのが一番かと思います。

http://miburou.cool.ne.jp/page052.html 「近藤勇」と記されていない理由について、こんな説もあるようです。(参考までに) (04.10.5)

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