江 戸 城

所在地

東京都千代田区・中央区・港区・新宿区

交通

JR東京駅下車・徒歩7分

築城年

長禄元(1457)年、天正18(1590年)

築城者

太田道灌 徳川家康 (縄張・藤堂高虎)

主な城主

太田道灌、徳川家康〜歴代将軍

主な遺構

田安門、清水門、外桜田門(以上重要文化財)
本丸、二の丸、三の丸、西の丸、天守台、富士見櫓、多聞櫓、辰巳櫓、大手門、平川門、半蔵門、桔梗門、濠、石塁など
<復元>清水門渡櫓、田安門渡櫓、大手門渡櫓

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★3

城の背景/前身は秩父重継(のちに江戸氏と改姓)が平安末期に築いたもので、城というよりは館に近いものだったらしい。1457年、関東管領の扇谷上杉家の執事・太田道灌が江戸を拠点にし、現在の大田区山王などいくつかの候補地の中から選んだのが江戸氏の館跡だったという。道灌の死後は上杉氏、小田原北条氏の居城となる。

北条氏滅亡後の天正18年、徳川家康が関東に赴任して入城。征夷大将軍任命後、本格的な築城を開始する。慶長8年(1603)家康は江戸に幕府を開き、その後三代家光の代まで普請を続け、寛永13年(1636)一応の完成を見る。家光の代には五層の豪華な大天守があった。以後代々の将軍の居城となり、戊辰戦争までの270年間一度も戦火に遭うことなく栄えたが、明暦3(1657)年の大火で大天守や本丸・二の丸殿舎などが焼失、明治に至るまで13回の火災に遭う。大政奉還の翌年(1867)から皇居となり今に至る。




大手門の内側、渡櫓
昭和42年に復元されたもの


江戸時代から二の丸に残る百人番所。甲賀組、伊賀組、根来組、二十五騎組の四組が警護にあたったという



焼失した天守閣の代わりにも使われた富士見櫓。

 



刃傷事件のあったお馴染み
「松の廊下」跡。


大奥納戸の脇にある石室。抜け穴か金蔵という説がある。ロープをまたいで入ったら警備員に笑顔で「入らないでください」と注意された(笑)。中はすぐ行き止まりになっていた


天守台。1638年、三代家光の代に
国内最大の天守閣が完成したという

天守閣は外観五層、内部六階で、高さは58メートルあった。しかし、19年後に起きた、明暦の大火(振り袖火事)で全焼。惜しい…

これは地下室への階段か?
江戸城には謎や伝説の類も多い


天守台から見た本丸・大奥の跡。

普通に見学できるのは東御苑のみ。
皇居のある西の丸には入れない

焼け跡が生々しい天守台の石垣

本丸の北にある、北桔梗門

北の丸、千鳥ヶ淵方面にある乾門。
東御苑以外はほとんど立入不可である

西のはずれ、御所に最も近い半蔵門。
服部半蔵の屋敷が近くにあったらしい

井伊直弼が暗殺された桜田門

二重橋の向こうに立つ正門。
ここも立入禁止。もっと見たい!

城外東南に、楠正成の像がある。
 

東京駅から真っ直ぐに向かうとまず目に入る
二重櫓。堀越しにしか見られない



周囲の高層ビルと、櫓や石垣とのアンバランスな情景が面白い。貴重な遺構の数々が残されている江戸城跡だが、皇居なので入れる場所に制限が多くて実に残念。壮大な江戸の財産のすべてを、いつしか我々庶民にも見せてもらいたいものだ。(2003.3.22)


その後、宮内庁に事前申し込みをして、西御苑の一部を見学してきたので、そのときの様子を何枚か掲載する。(2009.5.11)

関東近郊に住んでいる方はもちろん、遠方から東京に宿泊する方も一度はこの江戸城を訪れてみてはどうだろう。



事前申し込みをすることで、
普段は入れない桔梗門から中へ入って行ける。



桔梗門前で集合。
皇居警察から拝観コースの説明を受ける。



なんといっても、この富士見櫓を間近で仰ぎ見ることができるのが、皇居参拝の醍醐味だろう。


二重橋の上に立って、伏見櫓も見ることができる。まさに明治初期の風景だ。

宮殿も眺めることができる。新年一般参賀では、写真右端に見える
皇族の方々が、お立ち台から手を振るのがなじみの光景。
テレビで見るより、宮殿は若干低いかな?という印象。

参観申込など詳しくは宮内庁/皇居サイトへ。
http://sankan.kunaicho.go.jp/


戦国・史跡ファンによるご感想と情報

edosin殿

とにかく広いですよね。恐れ多いかもしれませんが、いずれ全てを公園として都民いや国民の憩いの場として頂きたいと切に思います。 (04.5.30)

まろ 殿

先日都内での所用を済ませた後、ふと桜田門外の変を思い出したのでそのまま桜田門に立ち寄ってみました。どうせなら雪の降る日のほうが感慨にひたれたのかもしれませんね。今も皇居として歴史を刻み続けているだけあって、独特の厳かさを感じ取ることができました。(04.7.28)

zeta357g 殿

ここにも先日行きましたが、とにかく広い!建築物をもっと見たかったですね。天守閣の再建はいいので、櫓にもっと近づけるとありがたいです。(06.3.9)

MASATO 殿

すごく気になっていることがあります。それは本丸天主台の黒くこげた跡です。これはいつの時代のものですかね。まさか明暦の大火の時ってことは?どなたか知ってる方は是非おしえてください。07.1.28

はづき

天守台の焦げた跡は、手持ちのガイドブックによると明暦の大火のもののようです。07.12.22

sada

新年一般参賀の日には、普段見れない城域を見学できるので、この日に是非正面から富士見櫓を見学してみて下さい。天守の代役と云われているのが理解できる堂々たる雄姿です! 07.12.22


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