福知山城

所在地

京都府福知山市内記1丁目

交通

JR山陰本線福知山駅下車徒歩10分

築城年

天正7年(1579年)

築城者

明智光秀

主な城主

明智光秀 有馬豊氏 稲葉紀通

主な遺構

天守閣(復元)、石塁、銅門続櫓

訪問おすすめ度(5段階)

★★★3


城の背景/織田信長の命により丹波を制圧した明智光秀が、元からあった横山城を大改築して築城した。関ヶ原合戦後は有馬豊氏が入城、天守閣や二の丸、内記丸などの曲輪が連続した、連郭式城郭を完成させた。


四層五階の天守閣。外観は木造っぽく、
往時の面影をよく再現している。

天守閣の前に建つ銅門番所。もともとは
城下の市役所付近に建っていた。

法川にかかる斜面の急な橋をわたり、
城を見上げながら登って行く。

塀に沿ってらせん状の坂を上がって行くと
天守へ辿りつく。

石垣には、石仏や墓石などの
転用石も多く使われている。

天守閣から城下を眺める。残念ながら
本丸の周辺に城下の面影はない。

天守の前に残る大井戸「豊磐(とよいわ)の井」。
地下50メートルも掘りぬいてある。

天守閣内部は普通に資料館。
雰囲気を楽しむためのもので、ボリュームは少ない



城は明治5年に取り壊されたが、石垣などは残され、昭和61年に天守閣が復元された。現存する銅門続櫓が昔の面影を残し、地元のシンボルとなっている。 (1994年訪問)

2003年暮れ、再訪問してきました。天守台の発掘?工事をしていた以外は、とくに変わった点はありませんでしたが、写真をたくさん撮ってきたので追加しておきます。見所は本丸と復元天守のみで、史跡としてはやや物足りないものの、光秀好きの人は充分に訪れる価値はあると思います。(2004.5.30)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

おら信長 殿

ある晴れた冬の日のことでした。福知山城に行ってみましたところ、石垣は現在工事中。それでも登城道はよく整備されていて、急な坂道でもさほど苦になりませんでした。
さて、お城の中は博物館になっており、入館料は310円。入城口にはかなりイメージがダウンする光秀夫婦のタテカンがお出迎え。城内は空調設備が無いらしく、氷室のような寒さ。これはちょっと困りものです。

ところで、明智光秀築城ということでしたが、展示品などをみればみるほど、どこが光秀?と思ってしまいます。光秀は無理矢理くっつけられているようで、主役は朽木藩時代の展示物でした。しかし、石垣に墓石を使うなど、信長の家臣らしい城だと思いました。圧巻は、この墓石をふんだん?に使った石垣と、50メーター井戸でしょうね。丹波の山々と由良川などの眺めはさすがでしたが、ふもとには廃墟となりつつある官庁街が…。ドーナツ化の波は深刻なようです。(2001.2.10)

monk 殿

知人の家が福知山のお寺で、朽木家の菩提寺です。本堂の板間の板は福知山城取り壊しの際に、移築されたものだと言ってました。その寺の周囲には道に沿って何軒も寺が存在しており城下整備の名残がうかがえます。(2004.12.31)

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