蒲生氏郷の墓(会津)



所在地

福島県会津若松市栄町2-12 興徳寺内

交通

JR会津若松駅よりバスで約10分、または徒歩25分



会津若松市神明通りの東裏、
興徳寺の本堂東側にある


興徳寺本堂の建物は近代化され、
史跡として観るべきものはない





会津は蕎麦処。

近くで見付けた蕎麦屋「栄庵」は
以外な穴場だった。
極太の田舎そばは歯ごたえがあって
量も多く、腹持ちがいい。

おまけに料金がなんとも格安。
倍ぐらいの値段を覚悟したのだが、
地元民向けの店なのだろう。


もりそば400円

ダイナミックな海老天の天ぷらそば500円


弘安10年(1287)葦名秦盛が鎌倉より大円禅師を招き開山した臨済宗妙心寺派の寺で、秀吉が奥羽仕置のため会津へきたとき3泊したほどの大寺院だった。境内にある蒲生氏郷の墓は、空風火水地の五文字を刻した五輪塔で、京都大徳寺の本墓から分骨、あるいは遺髪を埋めたものといわれている。「限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風」の辞世の歌碑がある。寺は戊辰の兵火にかかって焼かれ、昔日の面影はない。(2003.5 訪問)哲坊

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