犬 山 城

所在地

愛知県犬山市大字犬山字北古券65-2

交通

JR東海道本線名古屋駅または岐阜駅より名古屋鉄道犬山線乗り換え、犬山遊園駅徒歩15分

築城年

1537年(天文6年)

築城者

織田信康

主な城主

織田信康、平岩親吉、成瀬正肥ほか

主な遺構

天守閣(国宝)、城門、鉄門(模擬)、櫓(模擬)

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★★★5

城の背景/1537年に織田信康が、木下城をこの地に移築したとも、始めからこの地に造営されたともいわれる。慶長年間に徳川義直の守役・平岩氏の居城となるまでめまぐるしく城主が代わり、元和4年(1618)成瀬正成が入城、以後成瀬氏が受け継ぐ。明治4年、廃藩置県によりいったん政府に没収されたが、同28年旧藩主・成瀬正肥(まさみつ)が城を修理するという名目で譲り受け、保存をはかってきた。現在も、12代目当主が城の所有者であり、個人所有の城は全国でも唯一のものである。


昭和2年に天皇が登閣、10年に国宝に指定される。
昭和34〜40年に解体修理されたが、
その面影は築城時のままである。

御神木の杉の木。
数百年の風雪に耐え…てきたが、
現在は残念ながら死んでいる。
しかし、枝を切り囲いをし、保存につとめている。


天守閣内部に入ったところ。
天井低く、階段は急。まさに戦国の城。


一階。納戸の間の中央には、城主の居間がある。


二階、武具の間より三階の階段を見る。
部屋の三方には、武具棚が残されている。


三階、破風の間。
築城から77年後の元和〜貞享にかけての
間に増築されたという。
部屋の隅であぐらをかき、天井を見上げれば、
いにしえ人と心を通わせることができそうだ。


四階(高覧の間)より、木曽川を望む。実に見事な眺めである。


本丸、搦手門跡にある石段。門の礎石がある。 (2001.8.19記)

 

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

11コーさん 殿

現存天守の階段はどこも狭くて急であり、いずれも観光名所のため綺麗な女性も多く訪れるが、スカート穿きは登城禁止にすべきと思います。真面目な男性までもセクハラまがいの目で見られないために、是非ご理解を頂きたいと思います。 (04.4.13)

哲坊

わははは。それは極論ですが、確かに短いスカートを履いてくるからには、「見られても文句は言わない」ぐらいの覚悟を、女子の方々にもしてほしいところですな(笑)。 (04.4.13)

一番最初を作った方は誰だろう。殿

天守閣は1階と2階は松や栗の材で3-4階は総ヒノキで建てられています。また4階部分は真壁という壁の作り方をしていて関ヶ原の戦いあたりで改造されていますが古式です。1階と2階は不等辺四角形をしておりこの部分と石垣はかなり古く、織豊期に築城されたことが分かります。

安土城天守閣の小型版の造りで特に大屋根部分は見事です。織田信康は最初もっと南の三光寺山に築城したらしくここは白山台と呼ばれていたみたいです。(04.8.26)

ニャン天丸 殿

前日に岐阜城を見た後だったので、犬山城にを見た際に「本物の城」って感じがあって感動的でした。周りに人が居ない時に、こっそり武者走りを3周しました。

最近、犬山城の管理の為に財団を作ったらしいと売店の方が教えて下さいました。最後に、犬山市のマスコット・犬山ワン丸君が密かなブームです。性格はちょっとドジでおっちょこちょいとか(笑)。(04.10.5)

ふじたろう 殿

初めまして、愛知のふじたろうです。膨大な資料と数多くの分野に分け判りやすく掲載されその識見には、頭が下がります。私のバイト近くの犬山城が詳しく紹介されていて誇りに思います、2004年4月から城主成瀬家(個人)から財団法人に委譲されました。(04.12.31)

 

貴殿の投稿が、この頁を作ります。何卒ご協力を!


この紹介文についてのご意見、またはこの史跡にご自身で行かれた時の感想などを
お聞かせくだされ。追って、当頁に掲載させていただきます。


メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)


写真館入り口へ