高知城

所在地

高知県高知市丸の内1

交通

JR土讃本線高知駅からバスで5分

別名

大高坂城

築城年

慶長8(1603)年

築城者

山内一豊

主な城主

長宗我部元親 山内一豊

主な遺構

天守閣、懐徳館、東・西多聞櫓、黒鉄門、廊下門、追手門など15件が現存(重要文化財)

訪問おすすめ度(5段階)

★★★★★5

城の背景/南北朝時代、「大高坂山」と呼ばれていた山に大高坂松王丸が築城したのがはじまり。その後1588(天正16)年、長宗我部元親が岡豊城(南国市)からこの地に移り、城下町を整備した。しかし、低湿地のため洪水に悩まされ、やがて浦戸へ再移転することとなる。1601(慶長6)年、関ヶ原で功を立てた山内一豊は、徳川家康から土佐24万石を与えられて入城。間もなく築城にかかった。石材は浦戸城のものを取り壊して舟で運び、その他は近隣の村々から取り寄せた。

1603(慶長8)年本丸、二ノ丸が完成し、一豊は浦戸から新城に移った。慶長15年(1610年)にこの山を「高智山」と改名、これが「高知」の始まりという。以来山内氏の居城として270年も続く。1727(享保12)年の大火で追手門ほか二、三の建物を除いてことごとく焼失したため、翌年から20余年かけて再建された。廃藩置県の際、高知城も本丸以外の二ノ丸、三ノ丸の塀や櫓以外の建物が破却されたが、天守他9棟は残存し、1934(昭和9)年国宝に指定された。のち文化財保護法の成立により、昭和25年重要文化財に格付けされた。






1663(寛文3)年に崩壊したが、
翌年改築された追手門


追手門の向こう側に天守閣が見えるスポット。
ここでタクシーの運ちゃんに
「桂浜行かん?」と声をかけられたが
タクシーで行ったら数千円。城も見たいのでパス



追手門近くにある、山内一豊像


杉の段にたどりつくと、一豊の妻と馬の像が。
こちらの方が、一豊の像よりかなり古くから
建っているようだ。哀れ、一豊(笑)
すぐ下に、板垣退助の像もある


表御殿を通って、いざ天守閣へ
全国でも、本丸御殿が残るのは高知城だけらしい


本丸御殿がくっついた天守閣。
不格好で小さな天守閣だが、それはそれで趣がある


数百年の風雪を耐え抜いてきた城の内部は
黒光りして貫禄充分である


夏場はここまで来るのにヘトヘト。
天守閣より高知の町を見下ろす


城内の様子もよくわかる。
石段や石垣などの遺構も良く残されている


天守閣のそばに建つ黒鉄門




城の南にある、武家屋敷

武家屋敷近くの山内神社。山内容堂の像がある

よさこい踊りのよさこい節にも歌われる、はりまや橋
「ぼーんさーんかんざーしいかうをーみーた♪」


高知市街にある坂本竜馬生誕地の碑



本丸をはじめ、城門、御殿など遺構がそのままに残っている全国でも珍しい史跡。夏場は、出店で売っている名物のアイスクリンがうまい。普通のアイスクリームより甘さ控えめで、シャーベットのような味わい。しかし、平日に行ったせいか観光客も数えるほどで閑散としていた。じっくり観れたので良かったが、特に地元人があまり城に関心がなさそうだったのは残念に思った。(2003.6 訪問)


戦国・史跡ファンによるご感想と情報

おが 殿

本丸とくっついたあのスリムな天守閣。高知県人にはたまらないお城であります。哲殿ご指摘のように、地元民(特に若人)が関心がないのが嘆かわしいです。全国に誇れる古城だと思うんですが・・・。そういえば、二の丸で花見をしたなぁ・・・(遠い目) (03.11.1)

伊眼政宗 殿

9月に行ってきました。追手門から見える天守閣は格別でした。門に入る前の一豊の騎馬像にもびっくり。(イメージと違って)その妻の千代も馬と一緒の銅像があったが「一豊の妻と馬の像」と書いてあり千代とは書かれてなかったのが残念。懐徳館では高知の歴史と幕末がピックアップされてました。
p.s 桂浜に行く途中に「長宗我部元親初陣の像」を発見しました。(03.11.30)

佐々原茂雄 殿

本丸御殿について拝見しました。埼玉県川越市にも本丸御殿があります。川越城主松平斎典が1848(嘉永元)に建てたものです。川越は平城で、天守閣の代わりに建てたそうです。こちらも不安で確か高知城にあると聞いていますと話していたのを確認できました。(04.10.5)

牧内 殿

二度行きました。昔のお城がしっかり残っている感じですね。城の西側の広場にいろとりどりの花が植えてあってきれいでした。哲坊殿の評価が5なのも納得です。(05.11.19)

結城 殿

高知出身の私は小さいころよく行ってました。城に辿りつくまでにある銅像を楽しみながら見ました。お城の中の階段は幼い私にとって足腰が鍛えられました(笑)。どこのお城も階段の段差は高いのでしょうか?(06.8.19)

哲坊

そうです。城は住居ではないので、段差は高くして登りにくくしているしているという見方ができます。体力のない現代人にはキツイですね(笑)。(06.8.19)

には

かれこれ7〜8年前に当地を訪れました。不恰好ですが趣のある天守閣と、雨の多い地方性を生かした守備構造(天守閣への通路がらせん状の急勾配だったと記憶してます。雨が降ったら天守にたどり着けないようになってるそう)など、城マニアの心を揺さぶる仕掛けがたくさんだったと記憶しております。07.12.22

 

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