甲 府 城

所在地

山梨県甲府市丸の内

交通

JR中央本線甲府駅下車徒歩5分

築城年

天正13年(1585年)

築城者

徳川家康

主な城主

平岩親吉 浅野長政

主な遺構

本丸、二の丸、天守台、櫓台跡、石塁、稲荷櫓

訪問おすすめ度(5段階評)

★★2

城の背景/鎌倉時代に一条氏が築いた館を、徳川家康が城郭として発展させた。浅野長政の時代、武田家時代の寺や民家を城下に移し、さらに整備した。のちに徳川幕府の直轄領となるも、享保12年(1727)の大火で本丸御殿をはじめ、多くの建物が焼失。戊辰戦争の際、明治政府軍に接収されるが、大規模な修復は行なわれないまま廃城とされた。

1990年から史跡公園として整備が続けられてきたが、2004年に稲荷櫓が完成。周辺も整備が進んで「公園」として一応の完成を見た。石垣もきれいに復元されている。左写真は芝生に囲まれた天守台。家族連れがピクニックを楽しんでいた。地元民の憩いの場としては愛用されているようだ。

規模も広大、美しい公園だが、史跡としては寂しく見るべきものも少ない。ただ、天守台からの町の眺めは非常に良い。

最初に訪れたのが1994年で、それから甲府を訪れるたびに幾度か覗いていたが、「きれいになったなあ」という印象。ただ、やはり甲府といえば駅反対側の武田神社のほうがメインになるのは致し方ないところであろう。(2005.11.19)



1999年の写真

明治37年代に舞鶴城公園として解放。平成2年から復元工事が始まった。私は平成4年に初めて訪れたが、工事中で何も見られず。平成11年夏、再訪するも未だ改築中。かれこれ7年。門などが復元されている以外は観るべき所は少ない。完成が待たれる。しかし、改築前の城跡のみという状態の方が、かつての面影はあったかもしれない。(1999年8月の記録)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

三河の落ち武者 殿

2年前に行ったときはかなり綺麗になっていましたよ。ただ櫓を復元するにあたりどうするかもめていました。どうなったんでしょうかね。それと、石垣に落書きをする不届きものが多いので許せません。(03.8.19)

家久 殿

この城は行くたびに新しく建物が建っていってますが、山梨県の財政は大丈夫なのでしょうか?今年1月に行った時には甲府駅の裏まで進出していました。(04.3.8)

だっちもね〜 殿

子供の頃はよくお城であそびました。堀ではボートを漕いだり、ザリガニを採ったりまた、野球などを近所の悪がきたちと楽しく過ごしたものです。かなり修復されて昔の面影がなくなってるみたいですが、どうか、歴史や事実に基づいた復元を希望いたします。(04.5.30)

馬場美濃 殿

復元に大切なことは民意をどう反映させていくかであって、行政や一部関係者の思い込みでするべきではないです。残念ながら石垣の巨石に書かれた落書きの多さは日本一ではないかと思われる。新設した木の柵も既に腐食が始まっている。数年後には危険になる。他の落書きと違って石へ石で傷つけてしまうと半永久に消えない。新設するだけでなくどのように保存維持していくかの民意形成や管理システムの構築が急がれます。(04.7.28)

くり

今年の5月に行ってきました。修復工事は既に終わっているようで、城自体は、とにかくデカイです。しかし、門や石垣以外には特に見るべきものはなく、天守閣跡付近の芝生ところでは、家族連れが遊んでいました。資料館等があれば、もっと観光地化されるのではないでしょうか。(05.11.19)

ミチナガ

甲府城というより舞鶴公園・・・趣があって、静かで、いい城跡(公園)でした。山梨を出てから30余年・・・・。木陰がいっぱいあって、彼女とここでキスしまくりでした。思い出の場所です。07.12.22

貴殿の投稿が、この頁を作ります。何卒ご協力を!


この紹介文についてのご意見、またはこの史跡にご自身で行かれた時の感想などを
お聞かせくだされ。追って、当頁にガンガン掲載させていただきます。


メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)


写真館入り口へ