松 本 城

所在地

長野県松本市丸の内

交通

JR中央本線松本駅下車徒歩15分

築城年

慶長2年(1587年)頃

築城者

石川数正

主な城主

小笠原貞慶 石川康長

主な遺構

天守閣、乾小天守、渡櫓、月見櫓、辰巳付櫓(以上国宝)、石塁、壕、黒門、太鼓門

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★★★5

城の背景/古くは深志城と呼ばれ、小笠原氏が支配していたが、武田信玄の信濃侵攻によって落城し、その支配下におかれる。武田滅亡後は織田信長領となる。信長死後、小笠原貞慶が城主となり「松本城」と改名。その後、豊臣秀吉が石川数正を城主として派遣、数正は改修に着手するが直後に病死。息子の康長が完成させる。以後、戸田、松平、堀田、水野と城主が代わり明治に至った。

松本城は、全国にわずかに残る五層天守閣(他に姫路城、松江城)の1つであり、天守閣以外にも国宝指定の建造物の数々が残っていて見応えは抜群。もちろん昔の面影そのままの天守閣の内部も見られる。さすがに国宝だけあって、素晴らしいというほかはない。

ただし、観光地としては有名・定番すぎるので、土日祭日は団体客で非常に混合うため避けたいところ。じっくり観たいなら平日がおすすめだ。

99年夏、太鼓門(左)が復元された。
(99年8月訪問)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

紋次郎。 殿

それがし2001年の夏に松本城を訪れましたが400年ぶりに【乾小天守】の公開をしておりました。(って亊は初公開?)まぁ、これといったものはありませんでしたが(笑)。この時丁度、団体客とはち合わせになり小天守の中は大混雑。外は連日の猛暑でうだる様な暑さにもかかわらず室内が意外な程に暑さを感じなかったのは木造日本家屋の素晴らしさなのでしょうかのぅ?(勿論、エアコンは入っておりませぬ)

見所自体は、やはり天守閣の方がありましたな。大広間の廻りを囲む【武者走り(廊下)】等は思わずその気になって速足で歩き「出陣じゃぁ〜〜!馬曳け〜ぃ!」と叫びたくなりましたのぅ(笑)。天守最上階に続く階段の角度も「こんな所甲冑着てたら登れねぇ!」ってなもんで将に【戦国の城】にござった。(02.5.19)

たつや 殿

3年ほど前に行きました。夏休みで、けっこう混んでました。せまい天守閣は人がいっぱいで、上に続く順路で立ち止まることができない感じでした。しかしここは今まで見た城の中でナンバー1です!!

本当に急な階段や、昔のままの柱や床板など、博物館のようになっている城やエレベーターがあるようなダメな城が多いですが、ここは戦国の時代を感じられます。熱いですね!!(06.8.19)

冬 殿

私の住んでるとこはこの松本城がある松本なのですが、小学生の頃から松本城には上らされていました(笑)。とにかく階段は急、土産や等はあまりないですが、本当に城って感じで、夜桜と松本城のライトアップは、もう溜息がでるほど素敵ですっ。見上げると戦国時代を妄想します(笑)。エレベーターのあるお城にのぼったときはびっくりしました。「エレベーター?!」って感じで、やはり城は松本城のような急な階段を必死にのぼってようやく城下が見れる感じがいいですね。07.5.5

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