百地三太夫 屋敷

所在地

三重県名張市竜口

交通

近鉄名張駅下車 若宮橋行きバスで20分、下竜口下車徒歩10分

訪問おすすめ度(5段階評)

★★2

その昔、伊賀忍者の里とされていた、三重県境の竜口という山村にある。百地三太夫の生家と伝えられ、現在も百地(ももぢ)氏の子孫が住んでいる。私が行ったときは玄関先の撮影だけは許してもらえたが、観光地としての公開はしておらず、今はあくまで一般住宅なので、訪れる際には充分に配慮を。それにしても、見つけるのに苦労した…。(2002年1月17日撮影)


堂々とした大きい表札。

建物外観。何度か改修しているらしいが、
昔ながらの構え。



玄関上にある小さな表札。現当主の姓も百地。



玄関。旧家の趣がある。


玄関の中にあった忍者のマスコット。


納屋。


三太夫供養塔。


供養塔のアップ。

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

百地(昔の庄屋)

写真の門は藤堂家の門で有り、立ち退きの為に百地家に移動しました。(2002.9.1)

syouchan

私の母方の郷里が、名張の竜口であり、興味深く拝見しました。夏休みには長い間、おじいちゃんのところで過ごした記憶があります。百地の屋敷にも幾度となく足を運びました。昔は本当に交通の便が悪く(赤目からの山越え道は舗装されておらず、獣道)、まさに秘境であったように記憶してます。(03.7.8)

遠藤武

先祖が忍者の直系です。風魔族と遭いまみえた里見家臣、勝間田族です。決して、甲賀、伊賀だけがすべてではないはず、どうか、地方忍家直系も、あさってみてください。(04.3.8)

のり

2年前くらいにこの百地さんの家に行ってみました。どきどきしながら玄関をノックすると、中からかわいい女の子。「今はもう見学やってません〜」だって。近くで畑仕事していたおばあちゃんに聞いたら、資料は上野市に全部提供したって。残念。でも、ここの姉妹は結構かわいい。やるな百地。(04.5.30)

和魂要塞

母方の祖父が百地の出です。祖父が存命の頃、1度伊賀上野に行った事があります。本家の壁、ぐるぐる回転してました。爆笑
三太夫爺さんの反権力志向、しっかり小生にも受け継がれておりまする。信長っ。覚悟!(04.7.28)

しかせんべ

こんにちわ。昨日地図にぽつんとのっている竜口忍者屋敷とあるのでバイクで行ってみました。まったく場所が分かりにくいったらありゃしないでしたが、地元の人の情報を聞いて行くと辿り着けました。しかしここのHPにのせている百地三太夫屋敷と違う・・・。私が訪ねたのは奈良県室生村の竜口の方。

地元の人の話ではこちらが本家で三重県名張市竜口にある百地三太夫屋敷は分家だとか。本家のほうは忍者屋敷であった家は建て替えて普通の家になってます。現在16代目だとか。その家から正面の山の中に百地三太夫の墓がありました。でも普通の墓場であり墓石でした。ううむ謎過ぎる百地三太夫・・・(05.7.11)

大黒屋

小学生のころ、祖父に連れられてこの百地屋敷に行ったことがあります。当時は確かに鎖帷子や忍者刀、撒き菱などが展示(ただ置いてあるだけという感じでしたが)されていたように思います。屋敷の梁が立派で、その上は隠し通路になっているというようなことを聞いたような気もしますが、はたしてどうでしょう。かれこれ40年近く前の話です。(05.11.19)

hotta masahiro

本日、某所で百地三太夫の20代目のお嬢さんにお会いして来ました。感動の至りで、余り細かい事を述べると本人にご迷惑なので、ここまでと致しますが、まったく偶然にお尋ねしたら20代目と答えられ、聞くまでもなく竜口の建物が生家と云われておりました。のり殿の言うかわいい女の子が成長された姿でしょう。(06.5.15)

ゆきんこ

2001年発行の昭文社三重県地図をながめていたら、名張市と奈良県の県境近くに「百地三太夫屋敷」「龍口忍者屋敷」の名を見つけて気になって車で行ってみました。

でもそれらしき地に行けども忍者屋敷の施設は見つからず、村で出逢ったおじいさんに聞くと「昔は忍者屋敷があって見学もしていたが今はやめて、資料は提供し家は移築した」っぽい話をしてくれました。(おじいさんの話し方が不鮮明だったので・・・)

自分なりに解釈すると「来る途中で見た『三太夫』という料理屋がどうもその、移築した忍者屋敷らしい」のですが、本当にそうなのでしょうか?ならば三太夫には色々な仕掛けがあるって事?いずれまた行って、解明したいです。07.5.5

鎌倉街道

喰代は簡単にたどり着けましたが赤目の丹波守跡は霧がくれにあってわかりませんでした。老眼でも良く見える案内板をお願いします。天台真盛宗別格本山西連寺の周りに百○姓の家が多くありますが、百地一族でしようか。09.5.11

ninton

私の母の母・・祖母ですが、竜口の百地より名張にお嫁に来て、母が生れたと聞いています。百地家の系図には、私の母まで名前が出ていたそうです。60年も前の私の小さい時、母に連れられて山深い百地家を訪れたことがあります。

忍び返しなどがあり、子供ながらすごいと思いました。山の斜面に家が建てられ、下の小川には魚が一杯泳いでました。裏山でセミを取ろうと足を出しましたら、足に履いているワラジの底がザラザラという感じがしましたら大きな蛇をふんずけてました。

懐かしい思い出です。市より家の移築の話もあったそうですが、その当時の移築技術では難しく取りやめになったとか。その後、代が替わりその当時の主が業者に売却し、国道沿いに移築されましたが火災に合い消滅しとの事ですが・・定かではありません。その内、名張に行った時に確認してみようかと・・もう一度、機会あれば百地家を訪れたいと思ってます。09.5.11

 

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