名護屋城

本丸から朝鮮半島方面を望む。手前の碑には「太閤が睨みし海の霞かな」と刻まれている。

所在地

佐賀県東松浦郡鎮西町名護屋

交通

JR唐津線西唐津駅下車バス城趾公園前下車

築城年

天正19年(1591年)

築城者

豊臣秀吉、黒田孝高

主な城主

豊臣秀吉

主な遺構

石塁、空掘、陣屋跡

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★★4

城の背景/秀吉が朝鮮出兵の本営とするべく4ヶ月の突貫工事で築かせた城で、標高90mの勝尾岳が縄張りの中心である。2度の出征の間、秀吉が在城したのは1年3ヶ月あまりだった。その後廃城となるが、寺沢広高が唐津城築城の際に用材を譲り受けて転用し、大手門は伊達政宗が仙台に運んで二の丸の大手門に使用した。

廃城とともに破却されたため、建物は何も残っていないが、城跡、陣屋跡は特別史跡としてよく保存され、当時の偉観が偲ばれる。築城の際には海岸から集めた石を使用したようで、貝殻が付着したものもある。永らく訪れていないので、いずれもう一度訪れたい。(1994年11月撮影)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

くー 殿

城址公園近くの歴史資料館に、朝鮮側から見た秀吉の朝鮮侵攻について触れている(私見ですが)知り得る限りの資料館では唯一の資料館があります。訪れる韓国人旅行者も多く一見の価値ありです。 (04.2.8)

牧内 殿

肥前名護屋城、行って参りました。今は所在が佐賀県唐津市鎮西町になっているようです。橋を渡って、向かいの加部島(かべじま)から見るのもおすすめです。当時の城の有様を想像しながら、遠い昔に思いをはせました。この規模の城なら、反乱軍に利用されるのをおそれて石垣をわざわざ破却したのもうなずけます。これから行かれる方、博物館にある模型(撮影禁止)を是非ご覧下さい。(06.9.18)


貴殿の投稿が、この頁を作ります。何卒ご協力を!


この紹介文についてのご意見、またはこの史跡にご自身で行かれた時の感想などを
お聞かせくだされ。追って、当頁に掲載させていただきます。


メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)


 

写真館入り口へ