小田原城

所在地

神奈川県小田原市城内

交通

JR東海道線小田原駅下車徒歩10分

築城年

応永24年(1417)ごろ

築城者

大森頼春、北条早雲

主な城主

北条早雲、北条氏康、北条氏直、大久保忠世

主な遺構

天守閣、常盤木門、銅門、石垣(以上復元)
本丸・二の丸跡

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★3


城の背景/大森氏が小田原地方に進出した15世紀初めごろに築城したといわれ、明応4年(1495)に戦国大名小田原北条氏の居城となる。戦国時代には関東の拠点として日本最大規模の城郭に発展、上杉、武田の侵攻をも防ぎ難攻不落を誇る。しかし秀吉の小田原攻めでは決戦か籠城かで揉めた「小田原評定」の末、時の城主・氏直が降伏して落城。

江戸時代を迎えると徳川家康家臣・大久保氏が城主となり城の規模は三の丸以内に著しく縮小された。明治3年に廃城となり、ほとんどの建物は解体され、残っていた石垣も大正12年(1923)の関東大震災によりことごとく崩れ落ちてしまった。



現在の天守閣は昭和35年(1960)5月に、宝永時代の設計図や模型を参考に鉄筋コンクリートで外観復元されたもので、いかにも「復元」らしい佇まいには少々ガッカリ感あり。内部は、古文書、絵図、武具、刀剣などがあるが、それほど大したものでもなく、お決まりの歴史資料展示室となっている。

標高約60メートルの最上階からは相模湾が一望でき、良く晴れた日には房総半島まで見える。二の丸には「小田原城歴史見聞館」があり、北条氏や小田原城の歴史を詳しく解説している。天守閣のすぐ下は小さな動物園になっており、家族連れには人気の観光名所である。 (哲坊)


北条ファンは必見、小田原駅前の早雲像。(城とは逆の西口にあるので注意)



50年以上も前から小田原城天守閣を守る(?)インドゾウ♀。

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

肥前守左馬之助

はいはい、おりました、おりました、あのゾウ!あれには正直、がっかりでござった。鳥もうるさいし・・・(涙)。ああ、早雲殿〜。(2002年3月)

哲坊

いまや難攻不落の面影無し(笑)。

Lily of OHSGG

みなさんのご感想ごもっともです。でも銅門(あかがねもん)も復元致しましたし、今早雲時代の遺跡も復元しようと小田原もがんばっていますのでよろしくお願いします。「北条早雲公園」を創る市民協議会に署名とメッセージをお願いいたします。今に巨大な障子堀をお見せ致しますね。(2002年5月)
http://homepage2.nifty.com/hojyo-soun/

哲坊

地元だからこその、厳しい意見を申し上げてしまっております。是非がんばってほしい。応援しておりますぞ!

それでも小田原PR委員(自称)

地元民です。象や動物は謎すぎです。小田原城公園を作った人たちは何を考えていたんでしょう?はっきり言って「けもの臭い」んですよね・・・。小田原城の中も埃臭いし(大掃除しろよ・・・)。

最近「小田原城ミューゼ」というアールヌーボー・アールデコのランプの展示をはじめましたがそれだって「小田原城」と関係あるのか?(でも行ったけど。個人的にはガラスとか好きだけど) 地元だからこそ情けないです。もっとちゃんとがんばってほしいですよね。(02.5.1)

それでも小田原PR委員(自称)

動物園がある理由が判明しましたので投稿させていただきます。昭和25年に小田原市でこども博覧会が開催され、そのとき動物たちを借り、公開していたそうです。珍しい動物が見れるとなり、大人気に。

そして予定変更し動物たちを小田原城へ引き止め、子供動物園を開園したそうです。梅子(象)が死んでしまったら動物園は移転or閉園になるらしいです。一応小田原市なりの理由があったんだな〜とちょっと思いました・・・。(03.4.12)

哲坊

貴重な情報、ありがとうございます。もし、象が死んでしまうと寂しくなりますな。それにしても、もう少し広いところで飼育してあげてほしい。どうして、あんな狭い場所で…? あれでは可哀相だと行くたびに思います。(03.4.12)

武田

ゾウや鳥や猿がうるさかったのが最悪でしたが資料館の方はサイコーでした! 天守閣にはがっかりしました・・・(03.4.12)

碧雲斎

最近はこれが問題なっているらしく、今後動物の追加はしない事になってるらしいです。小田原城自体より、隣にある「八幡山」(北条時代の本丸跡)の方が遺構も残っていてなかなか良いですよ^^
山頂には星条旗が立っていますが(苦笑) (03.9.23)

県民なので幾度と無く行きましたが最近は行ってないなぁ。城の規模の小ささや、コンクリートでできてるんだよ!とか聞かされて子供ながらにショックでした。(03.9.23)

無量光寺

久しぶりに小田原城に行って来ました。動物園まだあったんですね、像もまだ生きていて嬉しかったです。城の中は完全に展示場になってましたが、それはそれでいいんじゃないかな、資料館の方もまあまあそれなりに楽しかったです。小田原城の外観だけでも見る価値ありだと思います、桜が咲けばもっといい眺め。(04.3.8)

ぼーぼぼ

五月ごろに北条五大祭りなるものに行ってきました。街中を鎧着て歩き回り、火縄銃も数発発砲していました。でもこれといって目立つものがなく、正直期待はずれでした。その北条軍の行軍のさなかに踊っていたサンバっぽい女性たちのほうが楽しめました(笑)(04.10.5)

上野守

北条氏は武田・上杉と並ぶ関東の雄だと思いますが、いかんせんPR不足。後者に比べて余りにも知名度が低いです。私としては小田原が起点となって北条氏の知名度を上げて欲しいと思います。先日、ここを訪れたとき、小田原グッズも北条氏関連のものがまったくなくて寂しい限りでした。早雲又は五代が大河ドラマ等になればいいなぁと思います。(04.12.31)

仁科五郎

小田原城は、20代の頃より幾度となく行っています。天守閣がコンクリートの再現になっていても関係なく、それよりも400年以上の昔確かにそこに氏康・氏政・氏直が居て、武田・上杉との交戦の歴史があり、秀吉が攻めて来る。一夜城を築く。裏切り者も出る。北条が滅亡する・・・・まさにその場所に立って、その歴史に思いを馳せる時何ともいえない複雑な気持ちになり「また来よう」と思ってしまいます。(05.3.23)

にゃん太

小田原駅西口の早雲像。北条時代の本郭は八幡山方面にあったのだから,西口にあっていいのかも。。。古城,復元したらぜび見に行きたいです。(05.11.19)

牧内

小田原城行って参りました。動物園は気にせずに、建物を中心に見学しました。石垣山城跡からも眺めてみました。遠くから眺めると昔は街全体が城郭だったんだなあとしみじみ感じました。

小田原城の天守閣から石垣山を眺めるのとセットで楽しむことをおすすめします。石垣山にはレンタカーでないと行けなかったのがちょっときつかったです。(05.11.19)

小田原っ子

この城が再建される前から小田原っ子として城址は遊び場だったのですが、くるみ、ビワなんて果物、椎の実とり放題。再建時には寄付として各戸ごとに瓦1枚に名前を入れて市民がああ、この城は俺たちの協力で出来た城だ!って思った。

動物園は象の梅子さんの外ライオン、サル山、孔雀、なんかが人気あった。今は桜、菊、武者まつりぐらいに行く程度のワタシですが、小田原を離れて45年、梅子さんに「うめこ」と声をかけてやるとこっち向きますよ。(05.11.19)

たつや

2回行きました。1回目小学生のころはとりあえず動物がいたのは覚えています。象とか。それ以上に覚えているのが、下に見えるでかい駐車場でプロレスをやっていたことです(笑)初めて生で見ました。しかも上からタダで全部見える。

なぜか覆面レスラー対ボクサーの試合で案の定ボクサーが足を攻められてやられてました。2回目は中学生ですが、象とか鳥とか見て、なんかの建物の裏にいた、オウムを1番覚えてます。かごに入って「こんにちは」とか「ありがとう」とかやたらとよくしゃべる奴。知ってる人います?城の中身はなんにもおぼえてません・・・(06.3.9)

zeta357g

先日行きましたが、やはり天守閣は素晴らしかったですね。確かにコンクリートだったり、動物がいたりとちょっと歴史散策には向いていませんが、それなりに楽しんできました。やはりこの手の城には30歳を過ぎて行かないと、面白さがわかりませんね(笑)。生憎の曇天だったのが残念でしたが、また行きたくなりました。石垣山一夜城も行きたかったのですが、アクセスが悪いので、小田原市にぜひバスの整備をお願いしたいですね。(06.3.9)

やすくん

私は小田原城には行ったことがありませんがはっきり言ってこれでも清洲城よりはまだいいと思います。(06.5.15)

たこぽん

現在、馬屋曲輪の馬出門周辺を整備中ですので、最近小田原城に行っていない方は、2年ぐらい後に行かれるといいかもしれません。(06.8.19)

かよはん 殿

こんにちは! ここでも話題の「象のウメ子さん」について、話をさせていただきたいと思います。小田原城公園には小さな動物園があります。その中の非常に狭いスペースに、たった1頭のメスの象が飼育されて居ます。象は寒さの中で日向ぼっこをしている様子で動かずじっと立ったままでした。象を見に来ている人は多数いて、皆口々に可愛そうねといった同情の声を発していました。

就寝用の小屋は想像を絶するほど小さく、こちらからも中が良く見えました。夜朝はかなり冷え込むこの時期、ひと目みてここは大きな象を飼育できる適切な環境ではない事を感じました。公園内の売店の方は、この象が死んだら将来的に動物園は取り壊されるのだと話しました。ではこの象はここで死ぬ運命?

この動物園を良く知る人に偶然出会い、話を聞くことができました。終戦まもなくの昭和25年、当時のタイの首相より日本の子供たちに夢と希望をと3匹の象が寄贈されたそうです。残りの2匹の内の1匹は、兵庫県須磨区動物園で生存しているそうです。

日本に来て57年、今も元気にひっそりと生きているのは良いですが、彼女の置かれた環境はただの牢獄であり、今ではすっかり見放された見世物的存在でしかないようにも思えるのです。 もう十分働いたのだから引退してこの地を離れ、余生を穏やかに過ごさせてあげるべきだと痛感いたしました。

5年程前、イギリスの動物愛護協会のグループがこの動物園にも来たそうです。そのときの彼らの観察結果によると、ここの動物の環境は最低なものであると発言したそうです。この声が小田原市に報告されたかどうかはわかりませんが改善なく今に至っているようです。

昔、小田原城のお堀のため池があったころ3羽の白鳥がいたそうです。動物園はこの白鳥たちを捕獲し、ここの檻に入れたそうです。その檻には水の設置もなく、白鳥は見る見るうちに弱り、3ヵ月後には全部死んでしまったようです。次に彼が見たのは、美しい雄の鴛が以前狸が居た檻に入れられていたそうです。これもやはり水の設置がされていない檻でした。

小田原城動物園には孔雀、猿、鳥類など多数の動物たちが飼育されていますが、素人が見ても、ここにおかれた動物たちの環境が決して十分であるとは思えません。特にこの象に関しては断言出来ます。私に今できる事はこの現状を市の関係者にお伝えすると同時にこの象をどう救っていけるのか、御意見もをお聞きしたくお便りいたしました。

千葉県市原市(その他勝浦にも)に年老いた象を引き取りその余生を世話する象の園(ヴォランテア団体)があるそうです。その千葉県市原市象の国の園長さんは、私が提案した象のウメ子さんを引き取っていただくことはできるのかの質問に対し、こういったみんなの暖かい声が最後に小田原市観光課を動かすことができるかもしれないから、今後もウメ子を応援してやって下さいと、そしてぜひみんなの声で小田原市に働きかけてくださいとおっしゃっていました。

彼女の創った象の支援団体は、2005年11月小田原市が動物園の閉鎖を決定した時、小田原市側にウメ子さんの引き取りを申し入れをしたそうですが、小田原市側は(1)象は市民のものであるので反対者の声があると困る (2)運搬中や運搬後に体調を壊し死んだら市民から苦情がくる (3)象さんを引き取りたい園長の本当の目的はウメ子を自分たちのビジネスに利用するのではないのかなどの不信を理由に、彼らはその申し出を断ったそうです。

小田原市観光課側が出した結論は、ウメ子さんの余生の幸せを考えての返答でないことは明らかです。お役所の言う“市民の反対”を避けたいというのであれば、市の広報部から市報新聞で賛成か反対かの是非を市民から聞くなり調査をするべきあると考えます。

どうか報道の力で小田原市民だけでなく全国の人々にウメ子さんに関するこの現実問題を伝えていただきたく願っております。今私にできることはこれらの現実問題を多くの方へ伝えることですが、限界もあり、ぜひともこうした場で広く伝えていただきたいと願います。また、私に何かできることがあればぜひ協力させてください。 ご意見Emailにてお待ちしています。

〒290-0521 千葉県市原市山小川937
「日本のぞうさんを幸せにする会」事務局
TEL0436-88-3001
http://www.zounokuni.com/katsuura/lea.html

(管理人・哲坊より)長文の上、小田原城の城郭については無関係な内容のため、掲載すべきかどうか迷ったのですが、興味深い内容であり、何か力になれれば良いと考えたので、一部割愛・編集のうえ特別に掲載しました。07.1.28

kiyoatu 殿

噂の東京マガジンを見てHPにたどり着きました。番組ではウメ子は小田原市のシンボルといっていましたが、「本当にそうなの?」と正直思いました。あの姿を見る限り「可愛そう」と思うのが人の感情ではないのかと思いました。それを小田原市民の方も感じていればシンボルとしては扱えないんじゃないのでしょうか? 同じ城下町(地域は違う)としてお城とは歴史的資産であり、日本人の精神性を感じれる場所だと思います。お城を通じて日本人の心を学べる場であってほしいとつくづく感じました。ウメ子は象の国に行けるといいですね。07.5.5

YN.NAGAOKA

何十年か振りにウメコに会いました。その瞬間に懐かしさと可愛そうだなと思いました。専門の飼育係りはいるんですか。ウメコの体の汚さが気になりました。違う動物園で介護してほしいです。みなさんでウメコを救いましょう。07.12.22

盛時

県民なので3回ぐらい行きました。城自体は復元なので少しガッカリしたけどそれでも小田原城は一番好きな城です。外見はきれいだし資料館も勉強になりました。象もあそこは狭すぎと思うときもあるけど個人的には小田原城の象徴的なものになっていると思っていたのでいなくなったら悲しいです。07.12.22

スター

小田原市民です。ウメ子さんは昨年還暦を迎え、3千人のファンの方々に祝福され、とても嬉しそうでした。飼育係のお姉さん手作りの食パンケーキを頬張る様子はとても幸せそうでした。ウメ子さんは神経質で、人の好き嫌いもはっきりしているそうです。性格を良く理解して飼育して下さっている3人の係の方にお世話されて幸せだと思っています。お城は馬出門も復元され 桜の季節は最高に賑わっていますよ〜 09.5.11

hisa

北条家関連書物を読み、盛り上がって初めて小田原城へ行った時、何故ここに猿??と愕然としました。猿といえば秀吉。小田原にとって秀吉は敵の筈なのに・・・

小田原の友人にその怒りをぶつけたところ、「猿を檻に入れたかったんだよ」ふーむなるほど・・・でも何の罪もないお猿さんたちが不憫でもあります。しかし一夜城祭りはちょっと解せません。小田原は北条家のお陰で反映したのですから、もっと大切にするべきだと思います。09.5.11


貴殿の投稿が、この頁を作ります。何卒ご協力を!


この紹介文についてのご意見、またはこの史跡にご自身で行かれた時の感想などを
お聞かせくだされ。追って、当頁に掲載させていただきます。


メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)



写真館入り口へ