岡 崎 城

所在地

愛知県岡崎市康生町岡崎公園

交通

JR岡崎駅または、名鉄本線東岡崎駅よりバス「殿橋」下車徒歩約7分

築城年

1455年(康正元年)

築城者

西郷ツグ頼

主な城主

松平清康、徳川家康、田中吉政

主な遺構

天守閣(復元)、井戸櫓(復元)、大手門(復元)、土塁、石塁、井戸、濠

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★3

城の背景/室町時代中期、この地の豪族・西郷氏が築いたのが始まりで、その後は松平氏が入城し3代続くが、4代目の清康が家臣に殺されると当時10歳の息子・広忠は今川義元にかくまわれる。翌年岡崎を奪取した広忠だが家臣に殺され、その子竹千代(のちの家康)は今川の人質となる。今川義元が織田信長に討たれると家康は独立し、岡崎に帰りつく。その10年後、1570年に家康は子の信康に岡崎城を譲り、浜松城へ移る。その後は家康家臣、豊臣家臣、江戸時代になると徳川譜代大名家・本多、水野、松平などが城主となり、明治を迎えて取り壊された。

本丸と二の丸が岡崎公園として開放され、昭和34年に復元された天守閣は、鉄筋ながらほぼ昔どおりの外観をイメージして造られている。園内には「三河武士のやかた家康館」(城鑑賞券とセットで500円)もある。(2001年8月23日)


天守閣。

もとの天守閣にあったとされる、しゃちほこ。


城内には様々なものが展示されている


城の中心礎石。


徳川四天王の一人・本多忠勝像。
彼は家康とともに、園内にある
竜城神社の祭神としてまつられている。


「三河武士のやかた家康館」。
左に見えるのは横から見た忠勝像。
あの、武将名の「のぼり」、販売したら
絶対売れると思うのだが…(笑)


井戸櫓。


徳川家康像。
浜松城の物より若くなくてはいけないと
思うのだが仕方ないか(笑)。


家康公・産湯の井戸。
中までは見えなかった。
(2001.8.23 撮影)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

徳川萌生 殿

この前いってまいりましたが、とても良いところでした。天気は雨でしたが、ちょうど文化祭のスタンプラリーをやっていまして、景品をもらってきました!家の近くにあるので、また行ってみたいです。 (02.9.24)

丸に剣片喰 殿

学生のころ、敷地内にある「三河武士のやかた」へ本多忠勝の甲冑(上の銅像のと同じ本物!)を見に行きました。天守閣の史料館では蜻蛉切りの穂先も展示されていました。これは本物かどうかは記憶にありませんが…天守の展望台からは西三河が一望できますよ。

城内には家康産湯の井戸などの史跡もあります。さらに城から北にある徳川家の寺「大樹寺」の門に立つと、数キロ先の真正面に岡崎城の天守閣が見える仕組みになっています。(ちょっと感動) 旧城下は田中吉政が整備した二十七曲がりの町割りが残っていて、矢作川に架かる国道1号の矢作橋のそばには「蜂須賀小六と日吉丸(のちの秀吉)の出逢い」の像もあります。07.1.28

 

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