奥 村 邸
(信長が飲んだといわれる銀明水の湧く井戸がある)

2004年頃、当地はフランス料理店に建て替えられてしまいました。
掲載している情報は2001年に訪問したときのものです。

所在地

愛知県犬山市余坂町

交通

JR東海道本線名古屋駅または岐阜駅より名古屋鉄道犬山線乗り換え、犬山駅徒歩5分

造営年

1842年(天保13年)頃

訪問おすすめ度(5段階)

★★★3



奥村邸は、天保年間に建てられた商家である。
明治32年に修理されて現在に至るが、
内部は木造で江戸時代の面影を今に伝える。
(見学料500円)

おばあちゃんが、銀明水で入れたお茶と、
手作りの梅を出してくれた。


その奥村邸内に「銀明水」はある。
古くからこんこんと水が湧き出ており、
真夏に飲んでみたが程よい冷たさで旨かった。
天正10年、武田勝頼討伐のために
安土城を発した
織田信長が、
ここに立ち寄り水を飲んだという。
ほか、森長可(蘭丸の兄)なども戦の際に
ここで水を飲んだといわれる。

龍の口から常時、こんこんと水があふれ出ている。

庭園内にある水琴窟。
柄杓の水をこぼすと、
底の水面に当たる音が甕に反響し
「カーン」「コーン」と美しい音が鳴る。
この造園技術は明治時代まで各地に
築造されたが、現在は途絶えている。

邸内2階の茶室。

邸内に、犬山城解体修理のポスターがあった。
30年は前のものだろう。
(2001.8.23記)


戦国・史跡ファンによるご感想と情報

いし 殿

2004年8月2日、犬山の奥村邸に行って来ました。驚いたことに、フランス料理店に改装され、建物の中をみせてもらえなくなっていました。かつて蔵の中に呉服商時代の歴史民俗資料が展示されていましたが、それも見られませんし、蔵は料理店のフロアに改装されています。貴重な資料たちはまさか処分されてしまったのではないでしょうね。正直、がっかりしました。五年前にお茶を入れてくださり、いろいろとお話ししてくださったおばあさまは、ご健在なのでしょうか。(04.8.26)

哲坊

近況報告ありがとうございます。なんと、フランス料理店になってしまったとは…。しかし、ネットで調べてみたところ、店で食事をすれば建物を見学できるようです。ひとまずは安心…?(04.8.26)

うっちゃり 殿

本当にフランス料理店になってしまって残念です。奥村邸は私の祖母の実家です。3年程前に大往生をしましたが、亡くなる前、病床、また自分の生まれ育った家を見にゆきたいと行っていました。元気になったら行こうねと言っていたのですが。ちなみに奥村邸の名の由来は最後にこの家を買い受けた人が奥村さんという人で、それまでは太田姓です。(05.11.19)

朝小僧 殿

信長が飲んだ水…俺はまだ未成年で、何処でも自由に行ける訳ではないので、奥村邸に行けないのが残念ですが、大人になったら行きたいものです。信長(歴史)のことはよく知っているつもりの中坊でした。(05.12.19)

ふっちゃん

びっくりしました。なにげなく奥村邸で検索したらこのようなページがあるなんて。それも、母のことを覚えていて下さっていた方がいらっしゃったんですね!実は、梅干しとお茶を出していたのは私の母です。なにかなつかしさと嬉しさで、涙が出てきてしまいました。その母は2005年になくなりました。奥村邸は、私にとって大事な思いでの場所です。奥村邸を、このように思って下さってとっても嬉しかったです。ありがとうございます。07.5.5

哲坊

これはこれは!お身内の方に投稿をいただけるとは、当方も感激です。もう随分前になってしまいましたが、奥村邸を訪れたときのことはよく覚えています。現在は、お店になっているそうですが、所有者は変わられたのでしょうか? そうですか…。真夏に汗だくで訪れた私にお茶を出してくれた、あの優しいお母さんはお亡くなりになってしまったんですね。時の流れを感じます。謹んでご冥福をお祈りします。 こちらこそ、投稿ありがとうございました。07.5.5


貴殿の投稿が、この頁を作ります。何卒ご協力を!


この紹介文についてのご意見、またはこの史跡にご自身で行かれた時の感想などを
お聞かせくだされ。追って、当頁に掲載させていただきます。


メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)



写真館入り口へ