柴田神社(北ノ庄城)

権六とお市ファンなら一度は参拝すべし

所在地

福井県福井市大手

交通

JR北陸本線福井駅下車徒歩5分

築城年

1575年(天正3年)頃

築城者

織田信長、柴田勝家

主な城主

柴田勝家

主な遺構

石垣の一部

訪問おすすめ度(5段階評)

★★2

城の背景/天正3年8月、織田信長は越前一向一揆を制圧し、一乗谷に代わる新たな越前支配の拠点として北 ノ庄に出向き、自ら縄張りを行い、柴田勝家を城主に定めた。本能寺の変後、賤ケ岳の合戦で勝家は羽柴秀吉軍に破れ、奥方お市とともに自刃、北ノ庄城も落城した。その後、結城秀康が城主となったが、新城築城の際に旧北ノ庄城を破壊し、本丸も別の位置に移してしまう。勝家時代の城は、現在の福井城(駅前に天守台が残る)と比較すると位置が異なっており、ここ柴田神社が本丸だったといわれる。今日ではその全容を解明するこ とは困難になってしまったが、現在も発掘は継続している。

城を思わせる遺構はほとんど無いが、なかなかに立派な神社で、境内には勝家とお市の像が立っている。発掘調査は続いているようなので、今後史跡として発展する可能性はある。(2002年11月11日 哲坊)


長い槍を誇らしげに立てて座る勝家像。
まるで陣中のような勇壮さだ。

まだ、真新しいお市の像。
神社の建物も最近新しく建ったものらしい。


境内にある案内板。史跡としては見るべきものは少ないが、
戦国ファンなら感慨にひたれる場所だろう。



それが、この石垣。夜なのでよく見えず。


境内にあった「三姉妹神社」。
本殿はもっと大きく立派。


今回は時間の都合上、夜の訪問になってしまった。
なので、結城秀康の福井城も見られず。
次回は昼間に来てみたい。


北ノ庄の街なかに、この神社はある。
正面の路地には、このような怪しげな店も(笑)

福井駅には、秀康と彼が好んで建物に用いた
笏谷石(しゃくだにいし)の解説が。

(2002.10.19 哲坊撮影)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報(募集中)

上野守 殿

今年の春に訪れましたが、史跡公園として整備されていました。ちょうど訪れた次の日が除幕式だったらしく残念でした。神社の隣に資料館が併設されていたので、また訪れたいと思います。(04.8.26)

哲坊

情報ありがとうございます。北陸には、なかなか行く機会がありませんが、また訪問してみたいものです。(04.8.26)

奇妙丸 殿

近くの福井城がりっぱな石垣を築き、今もその姿を残しているのに比べ、北の庄城跡は実にひっそりしたものです。当時の石垣も見ることできるのですが、現状ではただの石が埋まっているとしか… (05.1.24)

 

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