高 松 城

所在地

香川県高松市玉藻町玉藻公園

交通

JR予讃本線高松駅徒歩3分

築城年

1588年(天正16年)

築城者

生駒親正

主な城主

生駒親正、松平頼重

主な遺構

月見櫓、艮櫓、渡櫓、水手御門(以上重要文化財)、太鼓門(復元)天守台、旭御門、鞘橋、濠

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★3

城の背景別名・玉藻城。濠に海水を引き込んだ要害で、天正16年、讃岐を治めた生駒親正が築城。縄張りは、黒田官兵衛、藤堂高虎が請け負ったといわれる。生駒氏は四代目高俊のとき、お家騒動が起こり出羽国へ転封となり、松平頼重(水戸光圀の兄)が12万石で入城。以後、松平氏が11代228年間、明治まで治め続ける。

天守閣こそないものの、櫓や門が数ヶ残り、なかなか見ごたえがある。
閑静な公園内にあり、当時の遺構はよく遺されている。
(2002年1月16日撮影)


玉藻公園入口。入城は4時半まで。

月見櫓。


艮櫓。



旭門。


天守閣は復元されておらず、
天守台の上には、玉藻廟跡がある。


本丸・天守台と二の丸をつなぐ鞘橋。
これは江戸時代に改築されたもの。


天守台の玉藻廟跡。
他所へ神体が移されたため、建物だけが残る。
鳥居も残っているが、今は用を為さない。
詳細は
こちら

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

alfujita 殿

月見櫓、ただしくは着見櫓、着到櫓の一例。大阪城千貫櫓も着等櫓の例。高松城の着見櫓が他と異なるのは海に向かった大手門(水ノ手門)の着到櫓であり、高松城が水城として海側を大手としていたことを象徴している点にあります。三重櫓としては規模が大きく、付櫓、水ノ手門、渡櫓の3棟の建物を従えていることから、水城としての機能を重視されていたことが判ります。(03.7.8)

おが 殿

まだ確定ではないようですが、天守閣の再建が行われそうです。そうなれば、玉藻城の観光価値もぐっと上がるでしょう。ただし!コンクリートってのはやめてほしいものです。(03.11.1)

哲坊

それは楽しみですなあ。でも、今復元するとしたらどうしても鉄筋コンクリートになってしまうのでしょう…(笑)。(03.11.1)

ダイゾウ 殿

高松城は明治期に残された古写真に基づいて、木造にて再建されます。現在、そのためのNPO法人を立ち上げ中です。(04.12.31)

哲坊

おおっ、そうなのですか!それは非常に楽しみですな。期待しています。また何か情報があればお寄せくだされ。(04.12.31)

たこぽん 殿

最近、高松城天守閣の古写真が発見されて話題になっています。ご覧になりたい方は、平凡社が発行したケンブリッジ大学秘蔵明治古写真の123ページをどうぞ。(06.3.9)

まっくす

昨日、図書館でその写真集を見ました。1枚だけ残っていた写真に比べ大変鮮明で、天守閣から撮影された城内の写真もあり、天守閣の復元に向けての一級の資料でしょう。これで復元への動きも加速することでしょう。 07.12.22

 

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