山形城・最上義光歴史館

所在地

山形県山形市霞城町

交通

JR山形新幹線、奥羽本線山形駅下車 徒歩15分

築城年

1356年(正平11年)

築城者

斯波兼頼

主な城主

斯波兼頼、最上義光、鳥居忠政ほか

主な遺構

東大手門(復元)、土塁、濠、石塁

訪問おすすめ度(5段階評)

★★★3

城の背景/別名「霞ヶ城」。1600年、直江兼続がこの城に攻め入った折、山からは霞がかかって城郭が見えなかったことから名づけた。最上氏の祖・斯波氏が築城し、11代・最上義光は関が原合戦の戦功により57万石にのし上がる。しかし、13代・義俊のときにお家騒動を理由に改易、以後は頻繁に城主が変わったが、明治元年に取り壊された。


↑公園内にある勇壮な最上義光騎馬像。
 格好良いぞ!


↑最上義光歴史館(入場料300円)
 名前のわりに何故か西洋風…


↑館内展示の甲冑(最上胴丸)。

 近年復元された、東大手門(枡形門・写真上)をくぐると、野球場、テニスコートのある、市民公園になっている。広場に最上義光像。

現在、入念に発掘調査中で、いずれは城郭を復元する計画もあるそうだ。東大手門のすぐ隣には最上義光歴史館があり、貴重な展示品が見られる中でも、義光所有の兜(左写真とは別)には、鉄砲の弾を受けて破損した跡が残っており、生々しい。必見。

春は桜の名所として知られる。
(2000.8.18記)

戦国・史跡ファンによるご感想と情報

肥前守左馬之助 殿

入り口の門にかかる橋の下は、JRの電車が行き来しておりました。ちょっと残念ではありましたが、本丸内の義光像に感激でしたぞ!(02.3.19)

義光2 殿

この前、三の丸を歩いてみたところかなりの広さで目が飛び出るほど驚きました。私も本丸内の義光の像には感動しました。本物と会ってみたいなと夢見る毎日です!(03.8.19)

六条 左京大夫 実俊 殿

山形城の銅像は、二の丸にありまして、本丸は現在発掘中です。来年は、本丸大手橋の復元にかかるとの事でした。それと、山形城本丸御殿復元は、正確な資料が無いため、現在見合わせております。(03.12.28)

哲坊

情報ありがとうございます。発掘調査結果が楽しみですな。(03.12.28)

山形市内在住 殿

つい先日、仕事で戦後(昭和22年)に米軍が撮影した山形城上空の写真を見ましたところ、な、なんと!三の丸の堀(稲毛口から吹張口まで)が残っているではないですか!!けれども、一番驚いたのは、正保時代の城下町割図と町並みがほとんど変わっていないところでした…。 (04.2.8)

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