祖茂殿作画 ※ダミーイメージ

荀 攸(じゅんゆう)

(あざな)公達(こうたつ)

生没年/157年〜214年(57才)


稀代の戦術家

豫州潁川郡出身。元は朝臣で、董卓の暗殺を計画したが露見して捕らわれる。董卓死後開放され、蜀郡太守に任命されるが、道が閉ざされていたため荊州にとどまる。後に曹操にスカウトされ仕官。白馬、官渡など曹操の主だった戦いで軍略を披露し、曹操の軍師として長年にわたり活躍。孫権討伐に従軍中、惜しまれつつ病死した。演義では魏王即位に際し荀イクとともに諌め、恨みを買って憤死とされる。

ギャラリーを見る)

 能力検証

武 勇

5 

 

 

 

 

 

陣中奥深くで策をめぐらせる役柄だが、軍事に長けており、多くの合戦に従軍した。若い頃は董卓の暗殺を計画したり、蜀郡太守を自ら望むなど行動力もある。武勇もそれなりにあったのではなかろうか

叔父の荀イクとともに謀臣として活躍。白馬で顔良・文醜を討ったのは彼の策によるともいい、ここ一番での適確な進言は光る

曹操に仕えてからは分をわきまえ、目立つことなく、慎ましく生きた。しかし、自らも立志を望んでいたように、目の肥えた人物には敬愛されたであろう。曹操も、息子の曹丕へ「荀攸は人の手本となる人物である」と言い聞かせていた

どちらかというと軍事・戦術家向きであったが、事務処理能力にも長けていたようだ

戦 術

8

 

 

知 略

9

 

カリスマ

7

 

 

 

人 望

7

 

 

 

外 交

7

 

 

 

内 政

7

 

 

 

三国志ファンが斬る!荀攸

六波羅文乃 殿

悔しいかな、何となく荀イクの縮小コピー扱いされてることも割とある気がします・・・。
『演義』の死に方は悲劇だから、正史の曹操に惜しまれて逝くのがいいです。

劉表 殿

いいですね。この人も好き。でも「三国志VI」シナリオ5では
劉備の捕虜になるとほぼ100%、登用に応じてくれる。

六波羅文乃 殿

「三国志VI」なら、孫堅でプレイしていて、
呂布に捕まった荀攸を横取りしたことがあります(笑)>劉表さん

新荘剛史 殿

戦略家の荀イク、戦術家の荀攸。
この二人の絶妙なコンビは曹操軍の知の二枚看板。
荀イクとは異なり柔軟な思想をもった謀臣だったらしい。

香香 殿

度胸が良いところがスキ♪

六波羅文乃 殿

策士としては賈クと この人が一番(言い過ぎ?)

閻行 殿

「蒼天航路」での荀攸の発言タイミングは絶妙です。曹操のNo1軍師といえば郭嘉が有名ですが、実際の作戦立案は荀攸が多かったのではないでしょうか? 郭嘉は分析、予測的な発言が多く、作戦計画にはあまり参加していなかったのではないかと思っています。

頴娃 殿

この人何気に、文醜倒してるんですね(正史)
あくまでも、「荀攸隊」に倒されたとあるんですが、軍を率いていたんだから、彼が倒した可能性も高いと思われます。個人的武勇も多少なりともあったでしょう。私は、荀イクは戦略、荀攸は戦術 だと思いますね。荀イクよりも広い範囲では頭がいいかもしれません!(03.4.5)

今仲達 殿

荀イクの年上の甥ですね。戦術面で特に力を発揮した参謀です。ですのでよく従軍していました。その中でも一番目立ったのがやはり官渡の戦いですね。参謀なので控え目な性格と思っていたら、董卓に面と向かって歯向かって、投獄されたと言う過去があってびっくりしましたが、かなり気骨ある人だったのですね。意外な1面もあるのだと感心した次第です。(03.4.25)

ショボンヌ 殿

荀攸はあまり知られてないが、実は馬騰の謀殺に一役買ってたりします。馬騰を都に誘き出して殺すように建策してたんですな。西涼ファンにとっては許せない存在? でも、都で謀反を企てて自爆したのは馬騰だしなぁ。 (03.9.23)

アミーゴ

地味ですが、戦略、戦術ともに超一流の物を持っていた非常に優れた人物でした。ハイライトはなんと言っても官渡の戦いでしょう。圧倒的に不利だった曹操陣営。それを局地戦で勝利を重ね、さらにその勝利を官渡の戦い全体への勝利へと結びつける。そうして圧倒的有利を誇った袁紹軍(多くの場合過小評価されていますが)を粉砕。並大抵の事ではありません。荀攸の軍師としての凄さが伺えます。

局地戦では勝利を挙げながら、戦略的にはなんら成果を上げる事の出来なかった諸葛亮の北伐とは実に対象的。もし、蜀の北伐を率いたのが荀攸だったら……。なんて夢想してしまいます。08.2.13

この人物について貴殿の一言、お待ちしております!
人物評投稿用フォーム




メールアドレス

お名前(ハンドルネーム)(必須)


 

武将列伝表紙へ戻る 
三国志の庵入り口へ