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黄 忠(こうちゅう) 字(あざな)/漢升(かんしょう) 生没年/?〜220年(演義では222年) 出身・所属/荊州南陽郡・劉表〜曹操(韓玄)〜劉備(蜀) 蜀の五虎将の一人。荊州長沙郡の大守・韓玄に従っていたが、劉備が荊州を攻略した際にその配下となる。以後、劉備軍でも屈指の猛将として活躍し、219年、漢中定軍山の戦いでは夏侯淵を斬り、その軍を大いに破った。翌年、征西将軍、次いで後将軍に任命されたが、まもなく亡くなった。 「演義」では関羽との一騎討ちの末、その男気に感じ入り投降する場面がある。また正史よりも長命で、夷陵の戦いにも参加したが高齢のため無理がたたって負傷。そのまま病に伏して死亡したという記述になっている。とくに演義では高齢にもかかわらず奮闘する将として描かれ、老いてなお盛んな人物のことを、中国では「黄忠のようだ」と讃えて呼ぶそうだ。 |
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能力検証
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208 荊州 |
VS関羽(劉備軍) |
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100合以上打ち合っても雌雄決せず |
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208 荊州 |
VS関羽(劉備軍) |
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馬が足を痛めて転落した黄忠を関羽が見逃した |
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212 蜀 |
VS冷苞(劉璋軍) |
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戦いの最中に援軍押し寄せ、冷苞逃亡 |
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212 蜀・緜竹 |
VS李厳(劉璋軍) |
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4〜50合打ち合うが勝負つかず |
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218 葭萌関 |
VS張コウ(曹操軍) |
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20合打ち合ったところで援軍が来たため、張コウ逃走 |
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219 定軍山 |
VS韓浩(曹操軍) |
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1刀で馬から斬り落とす |
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219 定軍山 |
VS夏侯尚(曹操軍) |
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たった1合で生け捕りにする |
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219 定軍山 |
VS夏侯淵(曹操軍) |
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頭から肩まで真っ二つに斬り下げる |
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222 夷陵 |
VS史蹟(孫権軍) |
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3合せずして薙刀一旋、斬って落とす |
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222 夷陵 |
VS潘璋(孫権軍) |
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黄忠力闘の末、潘璋支えきれず逃亡 |
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★通算10戦 5勝0敗5引き分け 勝率.500 |
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三国志ファンが斬る!黄忠評 |
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南部 殿 |
てめーが魏延なんぞつれてくるから…ぶちぶち。 |
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コバヤシ 殿 |
ってのはおいておいて、凄い老人ですなぁ。 |
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紫龍 殿 |
厳顔とのコンビはうまい組み合わせでしたな。 |
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功明 殿 |
関羽と一騎討ちをして、一歩も引かなかったというだけで |
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とらくろ 殿 |
魏の名将、夏候淵を討ち取った功績はすばらしいと思います。「一介の武人に過ぎぬ臣が…」という最後の言葉が印象的ですね。 |
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紫龍 殿 |
同感です。戦って傷つき、最後は君主に看取られる… |
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新荘剛史 殿 |
でもその手柄にあせった関羽は… |
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コバヤシ 殿 |
何か孔明にイイよーに操縦されていた気も… |
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香香 殿 |
じいちゃん、大好きです〜(^-^) |
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とびかげ 殿 |
老人パワー爆発!やはり定軍山の戦いは最高です。 |
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六波羅文乃 殿 |
あの渋さがたまりません〜!! |
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脱脂粉乳 殿 |
何らかの本で見た話ですが、三国時代最強人物の一人は若い頃の黄忠だそうで呂布も比較にならないほどの強さだったとか。さらに強かったのが若い頃の董卓だそうで、想像を絶する程の強さらしいです。どこまで本当か分からないですがそうだとしたら面白いと思いませんか? |
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哲坊 |
確たる記録もないし比較もできないので何ともいえませんが、董卓も黄忠も、強かったのは間違いない。あれこれと想像をめぐらせるのも悪くないですな。 |
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催殿 |
大器晩成の言葉の示す通り、老いて初めて真価を発揮できた人なのやもしれませぬ。もしくは、主君の下忠実に生きてきたがため、己が名を表に出さなかったと考えると、ますますこのお方の謙虚な姿勢や人間性が浮き彫りにされるようで、目頭に熱いものを感じざる得ませぬ。 しかしながら言い換えれば、これほどの忠義の士のお心を動かすまでの武将である関将軍や劉玄徳様の徳に改めて驚嘆の意を隠せませぬ。関羽殿は死して神となられましたが、黄将軍は老黄忠という言葉と共に、道教を奉る方々以外の民の心や、生活の中に今も生きておいでです。 |
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トリホー 殿 |
「弓の黄忠」という肩書きが好きであります。豪傑とは刀剣の切り結びだけでは芸がない。やはり歴戦の勇者は弓の達人が多いものだ。横山光輝氏の三国志で、定軍山の攻略戦時の捕虜交換の際に夏侯尚を射殺したシーンは、豪傑黄忠の最大の見せ場だと思っている。将軍としても有能で戦場指揮力、作戦立案力、勇猛さ全てを兼ね備えた名将であろう。基本的に五虎将で一番「強さ」をみせつけた将軍だと思う。 |
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オジオン殿 |
(法正の作戦指導に拠る所も大きいでしょうが)何と言っても魏の「常勝将軍」夏侯淵を破って大金星を挙げているのがポイント高いですね。入蜀戦でも三軍一の大活躍とのことですから、相当な戦上手だったのでしょう。「爺さん」と言っても袁紹・曹操らと同年配のハズですがイメージってのは拭いがたいモノですね。(03.1.6) |
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頴娃 殿 |
昔から強かったんじゃなくて、超大器晩成だったと信じています。横山三国志の「爺さん」呼ばわりされて、キレる彼も好きです。(03.2.5) |
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分析名人 殿 |
一番印象に残っているのが定軍山で名将夏侯淵を討ち取った場面。横山三国志だと黄忠の力ある一刀一刀に追い詰められていく夏侯淵の表情が印象的でした。名将はやはり戦場で散らないとね・・・。武力値が関羽より4ポイントも低く,夏侯淵より一つしか勝っていないのは納得がいきませんな。(03.9.23) |
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玉陵 殿 |
お爺ちゃんだけど、全然達観してないのが素敵。確かに老人だと侮られるとすぐキレてましたね。でもそれもご愛敬。何より生涯現役を貫くストイックな姿勢は非常に潔い。正に生粋の武人、こんな人を祖父にもってみたい。(びっしびし鍛えられるのは必定ですが(笑)) 記憶に残っているのは吉川三国志での葭萌関の戦いでのエピソード。黄忠が救援に駆けつけてくれたにも関わらず、防衛にあたっていた孟達と霍峻が「こんな老人は戦争に出なくても死んでしまうのものを」と、とんでもない捨て台詞を吐いていたこと(笑)。しかし、同じく老将厳顔との「W老人力」で夏侯徳・韓浩をあっと言う間に討ち取り、侮っていた緒将の鼻を明かす様は爽快かつ痛快。赤瀬川原平先生(作家)もビックリの御人。 (03.9.23) |
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フロリス 殿 |
黄忠は老いてからもおおいに活躍していて、喜ばしいことです。しかしそれも時代のなせるわざであって、乱世とは、子供とか老人というような弱いものであっても、なにがしかの取り柄がありさえすれば表舞台に引きずり出して戦わせずにはおかない、残酷なものなのでしょうね。平和に年をとることができないのは気の毒でもある。黄忠は呉の呂岱などと並んで、後半生で成功した人物の代表だと思いますが、功ならずして消えていった老兵もたくさんいたろう。 (03.9.23) |
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那鈴 殿 |
最近過小評価されてるみたいですけど、魏のトップクラスの名将夏侯淵を突撃戦法で破った事績は光ります。(張コウのせいという見方もありますが しかし、本当情報が少ないんですね・・・(03.10.11) |
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倭奴国王 殿 |
五虎将のランクでいうと、関羽、張飛、馬超が同格で、黄忠と趙雲が1ランク下ってイメージですかね。荊州時代には劉表の甥劉盤に仕えて長沙を守ってたそうですが、要は対異民族用の傭兵隊長、みたいな扱いですわな。中原の動乱とは無縁だったせいで、知名度は皆無に等しかったようですが、異民族相手に戦ってたのだから、滅法強かったのだと思います。荊州が魏の支配下になると、劉盤は韓玄と交代させられますが、黄忠以下武将連中はそのまま留任したようです。 そんな無名武将が夏侯淵を破った、というのは相当ショッキングな出来事だったようで、正史にもこの件に関する記述はたびたび登場します。黄忠の人生最大のハイライトなのですが、演義では関羽との一騎打ち、という虚構のほうが大きく扱われているのが、ちょっと可哀相(笑)。この功績により、後将軍に大抜擢されるのですが、荊州にいた関羽はこの功績を知らなかったのか、この人事を聞いて激怒したとか。中原どころか、身内にもあんまり知られてないほど地味な存在だったんですね(笑)。(03.11.30) |
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kei 殿 |
やはり私が気になるのは、若かりし日の彼はどれくらい強かったのか?ということですね。あとゲームでの彼の顔は、まだ年齢が若い時なのにもかかわらず、常におじいちゃんなのがまた素敵?です。(04.2.19) |
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春茶 殿 |
「歳くってじーさんになったら黄忠さんみたいなじさまになりたい」……後輩が言っていたんですが、あーいう気骨のある元気なお年よりになりたいものです。(でも後輩。一つ言うなら君は女だ) (04.8.18) |
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哲坊 |
春茶殿、「黄忠みたいな男性を見つけ、素敵な老後をお過ごしください」と、その後輩にお伝えくだされ(笑)。(04.8.18) |
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茶ぽーね 殿 |
はじめまして。あの、そもそも黄忠は正史では弓の名手でもなんでもないんですよね。あと、一騎打ちの記録なぞほとんどないみたいです。地位を考えれば、相当軍略に優れていたとは思いますが…(04.8.18) |
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哲坊 |
武将列伝の目次に書いているように、このページでは「演義」をメインに検証しています。もちろん正史も考慮に入れてますが、いちいち「正史では〜」と振られると、特に一騎討ちの記録などについては、何も言えなくなってしまうことをご理解ください。(04.8.18) |
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鉄腕 殿 |
黄忠はあまり活躍していないように書かれていますが、やっぱり関羽との一騎打ちで見せたあの男らしさ、それに老将の厳顔とのコンビプレー・・・でもやっぱ、夏侯淵と夏侯尚相手に大奮闘、最後はちょっとまけんきが出てしまったけど、もっと黄忠を活躍させたのが読みたい。漫画家目指してみるか。 (04.11.1) |
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アニマル黄忠 殿 |
劉盤とともに長沙を守ってたのは、おそらく張羨という男が大規模な反乱を起こしたから。きっとそのときも先鋒として戦功をたててたに違いない。古い時代の蜀将は本当に資料が少ない。残念です。(05.3.18) |
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山の狸 殿 |
もともと凡庸な人であったが、戦歴の長さからくる経験、老いてもなお若者と競い合う気骨、この二つが重なることで名将にふさわしい能力を手に入れたのだろう。老練という言葉を見事に体現した将だと思う。勝手な想像だが、一兵卒から叩き上げの将という印象がある。しかし、懐かしのゲーム「三國志2」でよく一騎打ちを志願してよく負けてたなぁ・・(どうも年齢も関係あるらしく?格下相手によく負けた)。年寄りの冷水と突っ込みたくなる人であった。怖くて総大将以外は出陣させなかった。(05.4.23) |
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牢拘中 殿 |
私が最も好きな武将で、何故か他の五虎将軍より実力が下と思われがちな人物。特にコーエーのゲーム知力低すぎ。あの張コウでも70を超えているのに60台…キョウヘイの計はすごいんだぞ。あの韓浩と夏侯尚をだましてるんだぞ!張コウにばれそうだったけど…。(06.5.15) |
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合肥新城建設員 殿 |
「老齢の弓兵」である黄忠に対し私は仙人のようなイメージがあります。関羽と戦った時はすでに還暦を向かえ、70過ぎに厳顔とのおじいちゃんタッグで夏候淵を討ち取るなど、とても人間の仕業とは思えません。でも私はこんな超老人である黄忠が大好きです。それに「百発百中」の弓の腕を持っているって、必殺技みたいですごくカッコイイです。おそらく蜀五虎将の中でも特に異彩を放っていたのだろうと思います。06.10.23 |
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アミーゴ 殿 |
一言で言えば「一発屋」でしょうか。夏侯淵を討ち取るという大殊勲を上げたけど、めぼしい働きはそれだけ。(その夏侯淵にしても武勇どうこうより単に運が良かっただけですし)正史を読んだらそのあまりの記述の少なさに驚きました。「老将」に「弓の名手」に「夷陵での討ち死に」三国志の登場人物中もっとも虚構に満ちた人物かもしれません。07.1.22 |
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魁!!三国塾 殿 |
人気者ですが、私はどうも好きにはなれません。いくら能力があるといっても、自分の年齢も考えず、若い世代と対等に張り合おうとする姿は、見苦しいの一語です。演義の話になりますが、若い才能への対抗心から(しかも、相手は20代の若造だというのに…)抜け駆けして戦死だなんて、老いたる者の死としてこれ以上の格好悪い死に方はありません。やはり、人間は老境に入ったら、これまでの人生で培ってきた物を、次代に伝え、活躍を見守るという様な考えをもたねばと、私は思います。07.3.7 |
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今典厩 |
夏侯淵を斬った→後将軍叙任・・・その前まで将ですらないような彼がいきなり蜀の元帥格になったのはこの時代最大の出世のような気がしますね。そのくだりの記述しかないというのもまた・・・1800年後にジジイとして扱われてるのにはどう思っているのか・・・深いです・・・ 08.2.13 |
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