祖茂殿作画

曹 叡(そうえい)

(あざな)/元仲

生没年/206〜239年(35〜36歳)

魏の第二代皇帝(明帝)


曹丕(文帝)と甄氏の間に生まれた長男。父、曹丕に疎まれていたためか、曹丕が重体に陥った226年になって皇太子に立てられた。同年5月に曹丕が死ぬと、皇位を受け継ぐ。以後、呉や蜀の侵攻に大しては臨機応変に臨み、司馬懿や張コウらを巧みに用いて領土を良く守った。軍事に通じ、とくに呉に対しては自らも出陣し、撃退に成功している。

内政においては宮殿の造営によって金を浪費したり、家臣の諫めを退けるなど荒さも目立った。遼東の公孫淵制圧後、病に倒れた。没年の238〜239年頃には、邪馬台国の女王・卑弥呼の使者が魏を訪れている。これに金印を授けたのは、曹叡本人か養子の曹芳のいずれかであったと思われる。容姿に優れ、髪が床に届くほどに長かったという。

 能力検証

武勇

5

 

 

 

 

 

戦術

7

 

 

 

知略

8

 

 

カリスマ

8

 

 

人望

6

 

 

 

 

外交

7

 

 

 

内政

7

※ゲームの能力値などは順次追加する予定です。 


三国志ファンが斬る!人物評

みゆり 殿

曹丕と甄氏の間に生まれた曹操の孫、魏の二代目皇帝、「明帝」。曹丕の命令のために母甄氏を失ったため、三国志では父子であるにも拘らず、曹丕とは犬猿の仲となっている。また、自分から呉の北上を食い止めるなど、活躍も見所が少しはあるため、皇帝としての威厳もちゃんとあって、自分的には王の資格ある人物だと思っています。ただ、諸葛亮の死後は安心したためか、宮殿などの造営を繰り返し、国力を浪費した点が失点であると思います。

ドラマ三国演義で、魏の皇帝中、最も真面目そうな顔をしている人ですね。何となく、曹操を始め、丕、爽、髪は悪人顔していますし、カンに至っては鰌か鰻のような印象を受けました。(04.5.31)

今典厩

曹操の才が隔世遺伝したようですね。陸遜や孫権の軍勢を破るなど、能力は曹ヒを遥かに越えていそうです。晩年(まだ若いが)の行動はマイナスですが、司馬一味は完全に押さえ込んでいたようなので致命的ではないと思います。字に仲が入っているので嫡子ではないのか・・・夭逝した兄がいたのか・・・父も嫡子ではなかったのですが結果として曹叡が皇帝になったのは良かったと思います。 08.2.13


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