曹操軍四天王

曹 仁(そうじん)

曹操の信頼篤い名将


(あざな)子考(しこう)

生没年/168〜223年 (56才)

武器/薙刀、弓

ギャラリーを見る)

祖茂殿作画

 能力検証

武 勇

  

8

 

 

一騎討ちの実績はないが、江陵で部下の牛金が敵に包囲された時は、わずかな兵を連れてとって返し、救出。武勇を見せつけた

曹操旗揚げ時より各地を歴戦。守りに強く、張繍戦や樊城の戦いではねばり強い戦ぶりを見せた。しかし、演義では負け役の印象が強い

知略にも優れていたといわれるが、物語中では浅はかで短気な面も目立つ。ただ、諸将から「将軍は天上世界のお方」といわれたほどであり、将としての資質はかなりのもの

曹操は彼を信頼して常に側におき、曹丕も弟の曹彰に「曹仁将軍のようになれ」と言っていた。人望も徳もあったようだ

戦 術

8

 

 

知 略

 

6

 

 

 

 

カリスマ

 

 

7

 

 

 

人 望

 

 

 

8

 

 

外 交

5

 

 

 

 

 

内 政

 

5

 

 

 

 

 

 


デビュー/
従兄の曹操が黄巾賊討伐のため挙兵した際、配下に加わる。
最 期/曹操に遅れること3年、病没。(56才)

 
 
曹仁の一騎討ち勝敗表
西暦・場所
相手(所属)
結果
決まり手

209 南郡

VS周泰(孫権軍)

戦うこと10余合、かなわじと敗走するが、これは呉軍を誘い込むための計略だった

★通算1戦 0勝1敗

 

 

三國志ファンが斬る!曹仁評
皆さんから寄せられた書き込み、投稿です。下のフォームより投稿随時受付中。

鍵屋 殿

当代屈指の名将なのは確かなのに、如何せん曹軍は層が厚すぎ・・・・・・

香香 殿

「蒼天航路」の曹仁は可愛い♪頭を撫でたくなる程よ〜o(*^▽

劉表 殿

「三国志VI」シナリオ6襄陽太守。関羽もここは抜けなかった猛将のはず。

香香 殿

曹仁なら、六波羅殿と阿Q殿に語っていただかないと!

阿Q 殿

「A級な人達を引き立てる、そこそこ有能な武将」みたいな
扱いが哀しいけど、分かる人には分かっているのだ、その凄さ…
蒼天曹仁、いいですよね〜、香香さま(^^)

新荘剛史 殿

荊州の抑えとして活躍した智勇兼備の名将

U-1 殿

忘れちゃいけない牛金救出。
陳矯らは「将軍は天上世界のお方」といったとか…。

香香 殿

おお!そうでしたね!今思い出しました(自刎)!>U-1殿!

六波羅文乃 殿

曹軍一のムードメーカー…かも
対呉戦以外では負け無し!無敵!
やっぱり蜀相手にあれだけ活躍したのがいけなかったんだろうか…
『演義』での扱いは悲しすぎる(笑)

哲坊

「演義」では見事なまでのやられ役ですな。
ゲーム「三國志I」での能力も納得…(苦笑)

佐大 殿

名前がかっこいいし、能力も高い!サイコー

王方 殿

「張遼の武勇は曹仁の次くらいだ」って書かれた書物もあるらしいから、かなりの名将であることは間違いない!

魏恩 殿

演義では孔明にやられるは周瑜にやられるは(周瑜には矢のお返し)、ボコボコにされてます・・悲しいくらい。
しかし正史では彼は智勇、そして人望を兼ね備えた名将です。牛金を救出したのをみて「自分が武将だったらこういう上司に仕えたい」と思ったほどです。きっと彼は部下からの信頼が厚かったに違いない。

沮授@tRTK 殿

「負け戦の大将」というイメージが強いのは徐庶、諸葛亮、陸遜の引き立て役として描かれているからか…。でも、樊城の籠城戦での彼の粘り強い守備は、それらを帳消しにするほどかっこ良かったであります。(02.9.1)

茶羽熊四郎 殿

「女カ(女+咼)〜JOKER〜」(大西巷一著)に登場した曹仁は、いかにも曹家の重鎮といった武将に描かれていて好ましかったものです。「蒼天航路」の彼は、キャラは立っているものの、三国志演義よりさらに扱いが悪くていささか心外ですね。(02.10.28)

ショボンヌ 殿

茶羽熊四郎さんへ。現在やってる馬超編の彼はなかなかの将軍ぶりでしたよ。人間って成長するもんですな(笑)。(02.12.14)

オジオン 殿

若い頃は血気盛んな猛将だったようですが、晩年にはねばり強い戦いの出来る沈毅な名将に成長しているところが良いですね。張遼を凌ぐ武勇・名声の持ち主だったそうですから、魏の武官の中でもトップクラスの力量を持っていたことは間違いないです。親族武将の中では攻めの夏侯淵、守りの曹仁でしょうか?「演義」の扱いは・・・ 弟の曹純の方が不満かも。(03.3.3)

げんじょ〜殿

曹仁は、かなり粘り強い鉄壁の将軍だったのではないでしょうか?さらに、はん城防衛戦では関羽に攻められ、しかも水攻めという絶望的な状況の中で、城内を混乱させる者もなく裏切る事もなく実にうまく兵をまとめているように思えます。歴戦の武将ですし、部下からも主である曹操からもかなり信頼されていたのではないでしょうか?(03.4.4)

三国志 殿

曹仁は昔は散々な評価でしたが、ようやく再評価されてきた武将ですね。正史では張遼以上の武勇があったらしく、事実戦功は魏の将軍のなかでも一番と言っても言いすぎじゃないと思います。蒼天航路では、前半ヒドイ扱いでしたが馬超との戦いでは、見事に成長して活躍しました。最近出番がありませんが、実は、曹仁が最も武名を上げた戦いが関羽戦なので、いよいよ遅咲きの将器が開花するのではと期待してます。(04.7.19)

まりオ 殿

演義では散々な姿ですが、正史ではホントかっこ良いです。赤壁の戦いで勢いづいた周瑜と1年以上戦い続けるなど守りに徹する戦が非常強かったんだと思います。牛金救出でもわかるように義侠心溢れる知勇兼備の名将だったと思います。 (04.10.3)

義憤 殿

曹仁いいですよね。正史での武功はハンパじゃないです。ハン城の戦もついつい徐晃が目立ってしまいますが、曹仁がいなければ、魏は荊州を失っていたでしょうから、曹仁の功績は決して徐晃に劣るものではないと思います。牛金救出も人間技とは思えないような武勇を見せつけましたし、後には大将軍や大司馬の二つの最重要官職に就いたことを見ても、曹仁の上げた功績の大きさを物語っているでしょうね。 (04.10.3)

一人三国志 殿

敵の包囲網突破した(という記述がある)のって曹仁と太史慈と趙雲くらいですよね。趙雲は、乱戦を突破。太史慈は孔融の援軍として突破。曹仁の場合自分が大将として将兵の奪還の為の突破&救出だから。みんな曹仁の首を狙ってるわけですよね(趙雲の場合劉備・太史慈の場合孔融)。そこが凄いです。そのくせ、他の2人(趙雲・太史慈)よりも評価が低いのが悲しい。それに三国無双の曹仁カッコ悪い。どうにかして欲しいです。派遣会社のCMじゃありませんが、自分の失態を部下に擦り付ける人が多いらしいですが、部下の失態を命懸けで救う曹仁。歴史上で一番上司にしたい人でもあります。(04.11.1)

常敗将軍 殿

孫権の包囲陣内に残された部下達に、「将軍は我々を見捨てるのですか!」と言われて突入し、自分の部下を救った張遼は一流武将。一度周瑜の包囲陣内から牛金を救い出しながら、逃げ遅れた牛金の部下達がいる事に気づいて、再突入して彼らを救った曹仁は超一流武将。(05.4.23)

D.D.junk 殿

「上司にしたい人No1」にものすごく同意してしまいました(笑)。ハン城防衛にあっては柔軟に満寵の意見を容れ、自身は総大将として苦境の兵士たちをまとめ上げ、そして武勲の面では徐晃らに華を持たせる。しかしいざと言う時には自ら動き、牛金救出のような事もやってのける。度量、度胸、勇猛果敢さ、部下を思う心、全てにおいて申し分のない名将中の名将。演義前半での扱いが酷いのは、夏侯惇共々「曹操軍の顔」、つまり「劉備軍の大敵」である事に由来するのではないかと考えます。(06.8.16)

今典厩 殿

元祖ボンクラ武将のように演義では描かれてますが、実は名将だったようですね。四天王は基本的に元帥級の位であり、五大将を使う立場であったというのも正史を通して学びました。最近は完全に正史評価になりましたが演義との落差が面白すぎです(爆)武力が過大評価な感じですが、あとは文句なしだと思っています。(06.8.16)

峰徳森山 殿

晋の統治下で編纂された正史に於いて、司馬氏から見たら敵である曹一族の曹仁の列伝にはマイナス要素は記述されていません。この歴史的事実から推測して非常に優秀な武将である事がうかがい知れます。数々の輝かしい武功も、曹操からの援軍というかお膳立ても無く彼の独力で勝ち取ったというのが凄いですね。

同じ魏軍の徐晃も無敗の将という見方がされてますが彼の場合、曹操や曹仁や夏候淵に付き従うか、曹操からの援軍のお陰で武功を挙げてる感じがします。曹仁の場合は攻守の場面においても敵軍よりも少ない兵力でありながら敵を攻略または敗走させているのが凄いですね。私はアンチ曹仁でしたが、正史を読んで魏呉蜀の武将の中で、これほど弱点のない人物は居ないと思いました。つけ入る隙がありません。彼の事が好きになりました。

あれ程の大功を挙げていながら、曹丕が即位して車騎将軍、晩年になって大将軍、大司馬というのは曹一族にしては冷遇されていたと思うのは私だけでしょうか?(曹洪、曹休、夏侯尚の列伝の曹丕即位時の任官の部分を読むと御理解いただけると思います。)彼の武功からすれば関羽とハン城で戦闘中の時期に大将軍になってもおかしくないと思います。きっと、あまりにも素晴らしい彼の人格、実力に対する羨望を超えたつまらぬ嫉妬がそうさせたと思うのは考え過ぎでしょうか?時代を越えて模範とされる武将だと思います。(06.8.16)

微笑三太郎 殿

曹操の親族には優秀な武将が多いですね。中でも曹仁は、劉備陣営や孫権陣営との激戦区であった荊州、その中でも荊州の北方を守り抜いたのは魏が後に滅んで晋に取って代わってからも、安定していたのは、荊州の北半分で呉を抑えていた事が大きいと僕は思っています。

曹仁の魏の名将ぶりは、演義でも現れていると思います。確かに大惨敗を喫した様に描写があるのは事実ですが、李典共々敗戦の責任を取ろうと曹操に処分を仰いだ時、曹操が「戦に百戦百勝などあり得ぬ、下がって戦の疲れを癒すが良い。」と言ったのが物凄く印象に残っています。名将としての評価が高い曹仁だからこそ、曹操は一回の敗北程度で罰する事はなかったのでしょうね。

ところで、三国志7以降の曹仁の顔グラフィックは………格好いいんですけど、龍狼伝の曹仁にそっくりで驚きました。蒼天航路よりもそっちの影響が大きいのではないかと思います。5や6の顔グラフィックは本当に格好良かった。鋭さと威厳が現れていて、特に5のシナリオ6で襄陽を奪い取ろうと進軍しようとした時、曹仁の顔グラフィックを見て攻めるのを止めたのを思い出します。07.1.22

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