孫堅軍四天王

程 普(ていふ)

周瑜を補佐した大ベテラン

祖茂殿作画



(あざな) 徳謀 (とくぼう)

生没年/不明 武器/鉄脊蛇矛


ギャラリー

 能力検証

武 勇

8

 

 

孫策が陣中に孤立した際は一騎で馳せ戻り救出するなど、実戦経験豊富で、若い頃から武勇に優れる

孫家三代にわたって仕え、各地を転戦。勢力拡大に尽力した。主に周瑜の副将として活躍し、全軍の指揮を担った

知勇兼備の武将といわれ、判断力に優れる。自分の立場もわきまえていた

呉の人々は彼を「程公」と呼んでいた。年下の周瑜の下で副将となることに始めは憤慨。しかし、周瑜の才能を認めると忠実に従った。地位や名誉にこだわらぬ好人物

孫堅、孫策死後は若い孫権を補佐し、国政に尽力。また、演義では伝国の玉璽を鑑定するなど学識ももちあわせていた

戦 術

 

7

 

 

 

知 略

7

 

 

 

カリスマ

8 

 

 

人 望

8

 

 

外 交

5

 

 

 

 

 

内 政

6

 

 

 

 

 


デビュー/
孫堅の旗揚げに参加し、以来三代に仕えて功績をあげる。
最 期/いつ死んだのかははっきりしないが、周瑜の死後南郡太守となる。のちに江夏に戻り病死した。

 程普の一騎討ち勝敗表
西暦・場所
相手(所属)
結果
決まり手

190 シ水関

VS胡軫(董卓軍)

数合打ち合って、喉を突き通す

192 樊城

VS呂公(劉表軍)

数合せずに馬から突き落す

197 江東

VS太史慈(劉ヨウ軍)

30合打ち合い、戦いたけなわとなった頃、退き鐘がなったので退却

★通算3戦2勝0敗1引き分け 勝率.666

 

 

三国志ファンが斬る!程普評

六波羅文乃 殿

イメージ的には黄蓋の方が年寄りっぽいけど、実は彼が最年長。
何で呉の武官はマイナー感があるのでしょうか。

哲坊

う〜む、都督が目立ちすぎるのやも、しれませんな。

新荘剛史 殿

孫堅四天王の一人。東呉の武の重鎮。
周瑜に嫉妬する辺りがなんかかわいいぞ。

崔州平 殿

でも後に仲良くなる当たり、やはり英雄は英雄を知る、
ということでしょうか。

劉表 殿

刀傷が絶えなかったと言うから、
いわゆる斬込み隊長ではないでしょうか。
「三国志VI」の知力と武力は絶対逆のほうがいいでしょう。

香香 殿

改めていうまでもありませんが…
孫堅四天王のゲーム能力値は低いですね。
特に祖茂とか・・・。

香香 殿

はるか北方・右北平から、孫家に付き従って南へ・・・。
忠義の将ですね!

新荘剛史 殿

時に言葉の壁は打ち破れたのであろうか…。

香香 殿

そういえば、四天王、みんな出身がバラバラですね。
官職に就いている人物ならば、中央(司州)の言葉が
多少は話せたかもしれませんね。根拠はないんだけど。

哲坊

ゲームの「三國志I」では文官のような能力だったのが
懐かしいですな。しかし、呉の人は一騎討ちの記録が少ない。寂しい。

沮授@tRTK 殿

横山三国志では、孫堅の代から登場し、「若い程普」の姿が印象に残る。
「光栄三国志1」で文官扱いだったのは、おそらく孫堅の劉表攻めの際に、私怨で攻めることを孫静(孫堅末弟)と共に反対した場面がクローズアップされた為かも…。(漫画でもその時には文官のような服装だったし。) (02.9.1)

哲坊

「これぞ伝国の玉璽」と冷静に分析した点も、
文官チックなイメージに拍車をかけたのでしょうな。(02.9.1)

 


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