香港衝動的旅行 ブルース・リーと関羽を訪ねて<その1>


旧・啓徳空港と九龍城跡
 


 
   1月25日(土)

 


リーガル・オリエンタルホテル
 

リーガル・オリエンタルホテル AM 9:00

 香港に到着後、ホテルにチェックインしたのが、なんと前日の深夜1時。思い切り格安のツアーだから、最終日も午前中には香港を発たねばならない。スケジュールの上では3泊4日の行程も、自由に動けるのは間の2日間だけである。3泊世話になったホテルが、左の「リーガル・オリエンタルホテル」。旧・カイタック(啓徳)空港に隣接しており、ここも以前までは「リーガル・カイタックホテル」という名前だった。香港の繁華街から離れているため、今は閑散としているが、きっとその頃は繁昌していたのだろう…(笑)。


泊まった部屋のすぐ真下に通用口が

カイタック(啓徳)空港跡地

 1998年、チェックラップ島に新・香港国際空港ができたために、70年にも及ぶ空の玄関口としての使命を終えたカイタック空港。街の上空をビルすれすれに飛ぶことから、「香港アプローチ」「香港カーブ」などの単語ができ、かつてパイロットからは世界で最も着陸が難しい空港と言われた。そんなスリリングな着陸を体験できた頃に、一度は香港へ降り立ってみたかったが、今や叶わぬ夢となってしまった。
 カイタック空港の跡地には滑走路や誘導灯などが残されているようだが、現在は主にイベント(フリーマーケットなど)会場として使用されているとか。我々の泊まった9階の部屋からすぐ真下に、空港とホテルを結ぶ通用口が見えた。街へ出る前に、まずこれを見に行くことにする。



ホテル側から見た通用口。スーツケースなどを
運搬するのに使ったのだろう、ベルトが左右にある

旧空港側から見た通用口。
今はベルトに植木鉢が並べて置かれている。

 エレベーターで3階まで降り、フロントの脇にある通用口へ。おお、てっきり閉鎖されているのかと思いきや、旧カイタック空港への通路は未だ健在ではないか! 人通りも時々だがあり、跡地で働く人もいるのかもしれない。通行は自由なので、向こう側にも行ってみた(上記写真)。空港ビルの駐車場までは入ったが、なにしろ広いのでさすがに奥の方まで行く気力はない。この通路は距離にして100メートル弱だろうか。幅は狭く、ここがかつて空港との連絡口だったのかと思うと不思議である。もちろんここを使わずに、車やバスで乗り付ける人も多かったのだろうけど。

 しかし、私がのっけから何故こんな空港跡地にこだわるのかといえば…もちろん、ここがブルース・リーに関連しているからに他ならない(笑)。拠点の香港とアメリカを何度も往復していたブルース・リーは、取材で追いかけてくるマスコミ向けに、よくこの空港で記者会見を開いていたのである。また、あるいはローマやタイなどの映画ロケや、打ち合わせに行く時にも、度々この空港に足を運んでいたはず。それはもう30年も昔のことだし、数え切れないくらいの人が利用していた場所だから、そんな面影を残すものは何もないのだが…。

 でも、もう1つの理由もちゃんとある。この通路、実は日本のアートポートが制作した映画「G.O.D 死亡的遊戯」の中でも撮影に使用されたのである。

映画の前半部分、ブルース・リーに扮するデビッド・リーが、「燃えよドラゴン」の契約のために渡米しようとするシーンがあるが、それに使われたのがまさにこの通路なのだ。プロデューサーとの対話で、「死亡的遊戯」のタイトルの意味を説明する場面だから、印象深い。後で見直してみたが間違いなかった。もちろん、本物のブルース・リーがここを通ったかどうかは分からないが、朝からいきなり感傷にひたってしまった。




中国表記だと「九龍塞城」らしい。

九龍城跡へ

 ホテルを出て、最初の目的地である九龍城跡へ。目と鼻の先だから歩いて5分ほどで入口へ到着した。「九龍城」は、正確には「九龍城砦」といい、かつては “一度入ったら二度と出てこれない東洋の魔窟” として知られた。移民が大量に流れ込んで、法律の管理が行き届かず、麻薬、賭博、売春がはびこっていた闇都市。2.6haの狭い土地に中高層のビルが300棟以上も密集し、約5万人が居住していたらしい。

 そんな砦も香港の中国返還の動きに合わせ、1991〜92年に政府から退去命令が出され住民の抵抗もむなしく取り壊された。現在では、そんな面影はまったく無く、中国様式を取り入れた静かな庭園となっている。カイタック空港といい、九龍城といい、香港の象徴ともいえたはずのものが今は無い。最近の香港は近代化が進み、ずいぶんと面影を変えた都市であるといえよう。住む人にとってはその方がいいのかもしれないが、個人的には残念な気もする。
 
(九龍城について詳しく知りたい方はこちらを。
 
http://www.flex.co.jp/kowloon/data/history.html
  




東西南北に4つある入口のうちの1つ、南門。


かつて裏社会の巣窟だった場所とは思えない。

もともとは戦争に使用された砦だったので
このような大砲も眠っていた。塗装して飾ってある

公園内案内図。こんな狭い場所に
5万人が住んでいたというから驚きである

繁華街からは離れているためか、観光客の姿もない

さすがは香港! こんなカンフー服を着て
商売する人々の姿もあった。感激である。


と思いきや……

映画かドラマの撮影でありました…(笑)

右の俳優は、DVDのジャケット写真でも見かけたので
割と有名人なのかもしれない。
陳奕迅(イーソン・チャン)に似ている気もするが…
最近の香港映画はあまり観ないので、わからん
http://members.tripod.com/e_god/profile.html

個人的にはこの少女がお気に入り(笑)



不思議な味の牛丸麺。
15香港$(約260円)だった

牛丸麺 AM 10:00

 朝から何も食わずに歩いたので、腹ぺこである。中国の朝飯といえば、お粥だろう。九龍城から西へ向かうと、段々開けた通りに出たので飲食店を物色しながら歩く。「よし、ここだ」と見当をつけて入ってみた食堂は、まさに地元人向けといった感じの店で、わりとにぎわっていた。

 広東語ですすめられるままテーブル席につく。英語すら、あまり通じる気配がない。メニューに「粥」の文字を探したが無い。じゃあ、ご飯ものを…と思って壁に貼ってあった「排骨飯」(パイコー飯)の文字を指差す。しかし、「メイヨー」(無いよ)と中国人得意の台詞を返されてしまった。そうか、今は朝のメニューしか受けていないのだろう。きっと。じゃあ、周りの人たちの食べているものを参考にしよう。なるほど、麺がおいしそうなので、食べてみようか。

 漢字ズラリのメニューをしばし凝視した結果、私は「牛丸麺」、妻は「雲呑麺」を注文。雲呑はワンタンだと分かるが、牛丸は何かと楽しみにしていたら、出てきたのは左の写真のような、灰色のボール状の物。意外に歯ごたえがあり、コンビニのおでんに入ったツミレだんごのような感じだった。麺は極細でコシがあるが、味気ない。ツルツルの長い箸で食べるのだが、つかみにくい。スープは鶏がらというのか塩味というのか、とにかくアッサリしている。朝飯にはいいかもしれない。やや物足りなかったが、昼に期待することにして店を出る。

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