1988年 10月19日

ロッテ vs 近鉄 最終戦(25、26回戦)
其の4

 

−7回裏−


3−1。2点を勝ち越されたロッテだったが、
この日はなぜか本当によく粘る。
左の和製大砲・岡部がすぐさまライトへ11号ソロを放ち、
反撃のノロシをあげると、
ヒットで出た古川を、西村(現・コーチ)が
センター前ヒットで返し、すぐに同点に追い付いてしまう。
最下位チームといえどもプロ、必死の反撃だ。


−8回表−

追い付かれた近鉄は、主砲・ブライアントが
つまりながらもパワーでライトスタンドへ豪快に運ぶ!
これで再び近鉄勝ち越し、4−3。

この選手は、シーズン途中に中日から移籍し、
なんと、わずか70試合あまりで34号のホームランを放った。
(翌年、49本塁打で優勝に貢献。西武との首位攻防戦では4打数連続HRを記録)


−8回裏−

近鉄は、この回から第1試合に続いて、エース阿波野をマウンドに送る。
スタミナが心配されるが、優勝目前の近鉄、必死の総力戦である。

1死後、ロッテの4番で首位打者・高沢に打順が回ってきた。
高沢、阿波野のスクリューに全くタイミングがあわず、2球空振り。
1球外して様子を見た近鉄バッテリーだったが…


とどめのスクリューを待っていた高沢は、ドンピシャリのタイミングですくい上げた。

同点ホームラン…

球場全体が、静まり返った。

一瞬の静寂ののち、私のいる内野ロッテファンの一団だけが歓声をあげた。


−9回裏−


古川の牽制死をめぐって、有藤監督が猛抗議。試合は9分間中断する。
パ・リーグの規定で、延長戦の場合、
4時間を超えて新しいイニングには入らない。
「はやく再開してくれ」
ロッテファンの私も、近鉄ベンチの、応援団の切実なる想いを感じた。


−10回表・裏−

この回が最後の攻撃と予想される近鉄。ブライアントがエラーで出塁し、望みをつなぐ。
続くオグリビーが三振して1死、5番のベテラン羽田(はだ)に期待が集まる。
しかし、打った打球は力なくセカンドへ転がった。
二塁手の西村は遠慮がちにベースを踏み、1塁へ送球。


羽田、併殺に倒れる……。
この時点で残り時間少なく、近鉄の勝ちはなくなり、
同時に優勝の夢も消えた。2塁ベース上で倒れ込む代走の安達。


勝ちの可能性ばかりか、優勝の可能性がなくなった
近鉄ナインは、それでも10回裏の守備につかねばならなかった。

同じころ、西武球場では西武ライオンズの選手とファンたちが、
美酒に酔いしれていた…。


 

4−4。
負けなかった。だが、
たった勝率2厘差で優勝を逃した近鉄ナイン…。

全力を出して戦った戦士達。泣きながら球場を後にする阿波野。
しかし、家路に着く近鉄ファンの足取りは重くなかった。
皆、世紀の激戦を目の当たりにできた
興奮の余韻にひたりながら、家路についたようだ。

 

翌年、雪辱を誓った近鉄は見事リーグ優勝を飾った…。


1988年10月19日 第2試合

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

近鉄

0
0
0
0
0
1
2
1
0
0
4

ロッテ

0
1
0
0
0
0
2
1
0
0
4
 

近鉄

高柳−吉井−阿波野−加藤哲−木下

ロッテ

園川ー荘ー仁科ー関

本塁打

マドロック17号 吹石2号 真喜志3号
岡部11号 ブライアント34号 高沢14号

盗塁

高沢(4回)


 

  

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